芥川賞・松永K三蔵さん「家族が一番です」家庭人、会社員だからこそ書けた「バリ山行」 小説家になりたい人が、芥川賞作家になった人に聞いてみた。
新人賞受賞後、第1作の推敲に足掛け3年
2021年、41歳のとき、「カメオ」で第64回群像新人文学賞優秀作を受賞。これまでの応募作とは違った手ごたえがあったのでしょうか。 「いえ、受賞は意外でしたね。『カメオ』を書いたとき、これは純文学ではカテゴリーエラーで弾かれるんじゃないかなって思ったんです。でも書けたから出しておくか、というくらいで。新人賞の中でも懐の深い印象があった『群像』に出してみたんですけど、期待はしていませんでした」 大賞ではなく、優秀作での受賞に引け目はありましたか。 「受賞の連絡をいただいたとき、優秀作でも群像に書かせてもらえるんですか?って尋ねたら、デビューなので、それは大賞でも優秀作でも変わりないですよと言ってもらって、なら十分だ、と。担当編集さんにアドバイスもらいながら進められるし、そのやりとりが面白く、ありがたかったです」 ただ、そこからが長かった。 「『バリ山行』は、『カメオ』を書いたすぐ後に書き始めて、群像新人文学賞をもらったときには第一稿ができていました。登山の〈バリエーションルート〉がモチーフなのは初稿からですが、今とテイストが違って、妻鹿さんはメインじゃなかった。そこから担当編集さんと色々話して掘り下げていって、主人公と妻と子の家庭内の話にして400枚くらい書いてみたり、仕事をもっとメインにしたバージョンで300枚くらい書いてみたり。足掛け3年、ようやくたどり着いたのが今の『バリ山行』です」 よく諦めませんでしたね。松永さんも、編集さんも。 「正直、途中で煮詰まっちゃって、編集さんが産休・育休で交代したタイミングで、ちょっとここから離れてみようかって別の作品も書いたりしたんですけどね。どうしてもこのテーマを離したくなかった。もう一度改稿したのを編集さんに見せたら、これで行きましょう!って。その時には最初の編集さんも育休から戻ってきて、2人体制で最終稿を見てくれたんです」 芥川賞受賞の知らせを受けた時の気持ちは。 「え、もう決まったんですか?って。芥川賞といえば、みんなの期待を受けながらジリジリと待つ、そんな待ち会のイメージがあったので、思ったより早く連絡が来たことに驚いて、心の準備が追い付きませんでした」 受賞会見では、今日も着ていらっしゃるTシャツのロゴ、「オモロイ純文運動」が話題になりました。この運動を始めたきっかけは。 「『カメオ』で受賞したときにホームページを作って、このアイコンをのせたんです。自分の作品にキャッチコピーをつけようと考えて」 ホームページを作ったり、キャッチコピーを考えたりするのも、他の作家さんとは違った発想ですよね。 「僕が読者なら、興味を持った作家さんの情報は知りたいなと思って。試し読みやブログ、プロフィールや掲載情報を載せて、より興味を持ってもらおうと思ったんです。これからも書き続けるために売れたいという気持ちもありますし、単純に、たくさんの人に読んでほしい、という気持ちもあります」 「オモロイ純文」とは何ですか。 「僕の中では、世界、あるいは人間というものを書くのが純文。文学性という核は保持したまま、しかしそれを難解なものにせず、シンプルに面白い、エンターテインメントとして読んでも楽しめるものにしたいんです。わからなさや難解さに価値をおいて、そのほうが高尚だというのは危険。ホームページでは坂口安吾の『通俗と変貌と』の一文を引用しています。『文学は、いくら面白くても構はない。ハラン重畳、手に汗をにぎらせ、溜息をつかせても、結構だ。さういふことによつて文学の本質が変化することはない』、私もその文学の本質の強さを信じています」