芥川賞・松永K三蔵さん「家族が一番です」家庭人、会社員だからこそ書けた「バリ山行」 小説家になりたい人が、芥川賞作家になった人に聞いてみた。
芥川賞後も「家族が一番」
芥川賞作家となった今、家庭と仕事、小説のバランスをどうとっていきますか? 「家族が一番なので、理解と協力を得ながら、できる範囲で小説をやっていきたいです」 作家さんから「家族が一番」という言葉を聞いたのは初めてです。松永さんにとって、家族と小説の位置関係は。 「小説に限らず、人間は受けたものからしか創造できないと思っているんです。それで言えば、家族から僕は多くのことを受け取っている。小説の原動力だと思います。執筆は一人でしかできない。でもそれって他者がいてこその一人なんです。僕は一人になりたくてよく登山をしますが、それは他者を感じるために一人になりたいのかも知れません」 私にも子どもがいるのですが、ある人から「子どもを産んだ人はいい小説が書けない」と言われて愕然とした経験があります。「そんなことない!」と思っていますが、一方で一人の時間が少ないのは事実です。松永さんは、家族がいることが執筆の弱みになることはありませんか。 「ないですね。子どもの面倒をみるなど、時間が取られるということは当然ありますが、先ほども話した通り、自分の想定外に投げ込まれることは僕の創作にとってすごくプラスなんです。それに、『バリ山行』の主人公の家庭の描写や、会社の人間模様にリアリティを感じてもらえたのも、自分のリアルな体験があったからこそだと思います」 その言葉を、芥川賞作家となった松永さんから聞けてうれしかった。 今回の取材は東京の講談社で行われ、兵庫県在住の松永さんは日帰りで上京。翌日はふつうに出勤するという。帰りの新幹線の時間が気がかりで、質問をひとつし忘れた。「受賞の言葉」にもあった、早くに亡くされたお母さんへの思いを聞きたいと、後日メールすると、「いろいろと書いてみましたが、ノーコメントとさせてください」と丁寧なお返事がきた。 野暮なことを聞いてしまった。 「家族が一番」の芥川賞作家が書くオモロイ純文に、その答えは現れ続けるだろう。 <芥川賞作家になった人> 松永K三蔵(まつなが・けー・さんぞう) 1980年、水戸市生まれ。関西学院大学卒。2021年、「カメオ」で第64回群像新人文学賞優秀作を受賞。2024年、受賞後第一作の「バリ山行」で第171回芥川賞を受賞。同作で単行本デビュー。2024年12月に『カメオ』も刊行予定。HP「三蔵亭日乗」https://m-k-sanzo.com/
朝日新聞社(好書好日)