きのこ採りで見つけた「熊の巣穴」をのぞきに行った3人の男・・・「背筋の凍る末路」とは?
恐怖の体験
あまりの見事さに眼を奪われて、穴の中にいるかも知れない熊のことなど、私はほとんど忘れてしまっていた。剝れ上がった根っ子の上にいた三郎と穴の左側に立っていた六馬の方を交互に見て、声に出して言った。 「おい、二人ともちょっと来てみれよ。ずいぶん綺麗にしてあるもんだぞ」 「本当か」 と言って六馬が私の横へ歩きかけたとき、さわーっと何かが動いたような気配を感じ、思わず熊の穴に顔を戻した―一瞬、体が硬直し、息が止まった。 眼前わずか三十センチほどのところに、らんらんと光る目と開いた真っ赤な口、白い牙があった。ウオーッと一声吼えて、その牙が目に突き刺さるように迫り、なま温かい息が顔をなぜた。三郎がパッと根っ子の上から飛び降り、六馬が弾けるように走りだし、咄嗟に穴から身を引いた私はクルリと後ろを向き、逃げようとした体が前へ進まなくなった。“あっ、やられる”穴から飛び出た熊に背後から摑まれたと思うと同時に、体を前へ投げ、思いっきり斜面に跳んだ。 宙に浮いて一回転した体は足から先に斜面に着き、そのまま駈けだしていた。しかし、惰性のついた足は下りの斜面で勢いを増し、思いあまって目の前に見えた一本の細い立ち木に飛びついた。なんと、それは枯木であった。私は枯木を抱いたまま、もんどりうって転がった。 したたかに斜面に叩きつけられ、やっとの思いで立ち上がった私は、体のどこにも痛みを感じていないことを知り、ほっとして後ろを振り返った。熊の穴の縁にノンコがいるのが見えた。ノンコは空の臭いを嗅ぐようなしぐさで高鼻を使っている。だが、その様子からして、まだ穴の中にいる熊には気づいていないようだ。 おそらく、ノンコは熊の吼える声を聞いて走ってきて、その辺りの臭いが一番強いと感じ、穴の縁に立って熊の居場所を突き止めようとしているのだろう。そして熊は、大嫌いな犬が来て穴の前に立ちふさがってしまったため、私を追って飛び出すこともできず、穴の奥深くに身を潜ませたものと見える。 ノンコが穴の中に目をつけて熊に戦いを挑むようなことになると、始末が悪い。私はただちにノンコを呼んだ。熊の吼えた声を耳にして気が立っていたのであろう、ノンコは一目散に走ってきた。 再び集まった三人は、互いの無事を確かめ合うと、一緒になって急斜面を辷り降り、支流の沢を下って約四キロの道程を走り通し、ようやく私の家に辿りついた。 後で判ったことだが、熊に吼えられて私が穴の縁から逃がれようとしたとき、ぐっと体が止まり、“後ろから熊に摑まれた”と思ったのは、穴へ近寄ろうとして這って潜り抜けたあのゾミの木に、下腹が引っかかって前へ進めなくなったためであった。だが、あのときは本当に熊に摑まれたように感じられ、背中から首筋のあたりがぞくっとしたのであった。
文=今野 保