きのこ採りで見つけた「熊の巣穴」をのぞきに行った3人の男・・・「背筋の凍る末路」とは?
熊の穴
この辺りの山のように地山が岩石で形成されていて地表の浅いところでは、樹木や笹は土中深くに根を伸ばすことができず、表層にのみ根を張るものが多い。そんな木は台風などで根こそぎ倒されてしまうことがあって、それを根剝れと呼び、強風で折られた木を含めて風倒木と呼んでいる。 六馬の指さしたその根剝れの側に来て、よく見ると、倒れたナラの大木は根元近くで二股に分かれていて、どちらの幹も同じくらいの太さであった。そして根元の剝れたところは、土が小山のように盛り上がっていた。その土の山は熊が穴を掘ったときにできたもので、穴はその土の山の向こう側にあるようだ。 私はいったん斜面の下に回り込み、倒れた幹の傍らから穴へ近づいていった。盛り上がった土の壁まであと一メートルほどに接近したとき、目の前を横切る一本のゾミの木に突き当たり、行く手を遮られた。その木は、だいぶ前に誰かが鉈のような刃物で幹に切り込みを入れて横に折り曲げたもので、それから相当永い年月が経っているらしく、切り込みの入った折り口のところは、生木が盛り上がって丸味をおびている。折られて水平になった幹からは若い小枝が上へ隙間なく生え、それが私の前進を阻んだのだ。仕方なく、私は斜面に膝をつき、その下を這って潜り抜けた。眼前に、熊が掘り出したものと見られる土の壁があった。 立ち上がって、その壁の向こうに目をやった。穴の入口に細いアオダモの木が生えており、その木肌に、熊が穴を掘った際なすりつけたものと思われる赤土が、乾いた状態で付着している。穴の縁には、ほんの二、三センチほど雪が積もっていて、その上にエゾリスの足跡と、きょう私の跡を追ってきた獣猟犬のノンコがたった今通りすぎていった足跡とが付いている。右手でそのアオダモを握り、左の掌をそうっと雪の上に置き、そのままの姿勢で左手に力を入れ、一段上に足場を移して伸び上がって熊の穴を覗き込んだ。 それは、今まで想像してみたこともない、見事なまでに美しい造作であった。直径八十センチ以上の大きな穴の内側に、笹の葉がびっしりと、しかもまったく同じ厚みで貼りつけてあるのだ。真ん中の洞になった部分は、直径三十センチほどの正円形になっている。 さっき、この穴に近寄ったとき、広範囲にわたって付近の小笹の葉が摘みとられているのを目にし、“どうして、こんなに”と訝しく思ったが、きっとシカの群れによる採餌の痕であろうと、自分なりにその疑問にけりをつけていた。それが、穴を覗いたとたん、熊の仕業と分かって、私は驚き、目をみはった。 それにしても、野生の猛獣である羆に、こんな繊細な仕事が本当にできるものなのだろうか。そう疑いたくなるほどに、それは素晴らしい出来栄えであった。