NYで14年の公演に終止符「スリープ・ノー・モア」とは何だったか…最終日まで通い詰めた日本人評者の総括
最終公演の日
そして、2024年10月末になって、これ以上の延長はなく、最終公演は2025年1月5日になるとの発表がなされた。その後、12月に入ってから公演が急遽キャンセルされる期間が発生したが、無事に再開された。 筆者は最後の数回の訪問では全てのシーンをもう一度ずつ見て、記憶を確かなものにしようとしたが、できなかった。どうしても気持ちが入り込んでしまい、夢中で追いかけているうちに、あっという間にエンディングを迎えてしまうのである。 こうして、ついに1月5日を迎えた。マッキトリック・ホテルには早くから観客が詰めかけ、長い列を作った。公演は、最後のキャストの多くが出演できるよう、途中から別のキャストになった役もあった。マクベス夫妻を演じたのはザック・マクナリー(Zach McNally)と途中からオードリー・ラシェル(Audrey Rachelle)。名コンビであった。ラストは、パンチドランクのアーティスティック・ディレクターのフィーリックス・バレット(Felix Barrett)やアソーシエット・アーティストのマクシーン・ドイル(Maxine Doyle)らが見守る中、キャストたちが壇上に集結し、観客から拍手をあびた。 SNMがヒットしてから多数のイマーシブ・シアターが作られ、「ゼン・シー・フェル」や「ノアタウン(Noirtown)」などいくつかの佳作が生まれたが、SNMに匹敵する傑作は現れなかった。今後も筆者は興味をひくイマーシブ・シアターに足を運ぶつもりではあるが、大きな期待は持っていない。 もう西27丁目に出かけても、美と狂気が入り乱れた世界に耽溺することはできない。筆者はこの喪失感から抜け出せる自信はなく、立ち直れなかったとしたらそれが自分の人生だったのであろうと考えている。
脚注
【注1】パンチドランクはすべての公演で仮面を使用しているのではない。観客がミッションを負わされ、役を与えられるプロジェクトでは、仮面は使われない。この点も含め、仮面についてより詳しくは、Machon, Josephine with Punchdrunk.The Punchdrunk Encyclopedia, First Edition. Routledge, 2019. のmaskの項目を参照のこと。 【注2】日本でもイマーシブ・シアターの上演が盛んになってきたが、中にはでたらめな言説も見られる。特にひどい一人が「泊まれる演劇」のクリエイティブディレクター/プロデューサーの花岡直弥である。例えば、「そもそもイマーシブシアターってなに?」では、イマーシブ・シアターが「2000年代にロンドンから始まった」としている。イマーシブ・シアターの起源をどこに求めるかは難しい問題だが、少なくとも1981年初演の「タマラ(Tamara)」まではさかのぼる必要がある。また、SNMで「観客に(登場人物としての)設定がある」としているが、そうした設定はない。そして、「《不眠之夜》SLEEP NO MORE SHANGHAI| 演劇作品のデコンストラクション」では、SNMが上海でもマッキトリック・ホテルで上演されているとしているが、マッキノン・ホテル(The McKinnon Hotel)の誤り。また、この記事では1対1をSNMの「真の醍醐味」としているが、「2024年、イマーシブ元年がやってくる! 押さえるべき7つのポイント」では、「イマーシブシアターの場合、自分たった一人の貸切で体験してしまうと非常につまらないのです。誰かと協力し合うことでストーリーを前に進めることもできない」と述べている。この記述にしたがうと、1対1は非常につまらない体験ということになり、前の記事と話が矛盾する。また、先述の通りSNMでは観客が他の観客と協力してストーリーを変えることはなく、誰かとの協力はイマーシブ・シアターに不可欠の要件ではない。きりがないので問題点の指摘は本稿ではこの辺にしておく。
茂木 崇(ニューヨーク市地域研究者)