NYで14年の公演に終止符「スリープ・ノー・モア」とは何だったか…最終日まで通い詰めた日本人評者の総括
なぜ終演を迎えたのか
SNMの転機になったのは、2018年に「バズフィード・ニュース(BuzzFeed News)」において観客による演者へのセクハラを報じた記事が掲載されたことである。筆者はこのような現場を目撃したことはないが、闇の世界かつ1対1のシーンでは演者と観客が密室で接するので、SNMはこうした事件が起きやすい環境にある。 この記事がきっかけとなり、前口上に、演者に対して敬意を払った距離を取るよう観客に求める文言が加えられた。その後、演者の安全を守る対策も実施された。 これ以後、筆者は演者が観客と心理的に距離を取って演じていると感じ、寂しさを覚えることが増えた。マンダレー・バー(Manderley Bar)では、常連客は1対1に選ばれないことになったようだとの声が聞かれた。キャストのレベルも落ちるところまで落ち、筆者はSNMが終わりを迎える日は来るかもしれないと思うようになった。 ただ、SNMでは現行キャストで出演できない人が出ると旧キャストが戻ってくることが頻繁に起きる。一度カンパニーを去った演者が正キャストとして復帰することも多々ある。筆者は旧キャストを追うと波長があうことが多く、演劇は生き物で日々変化していくものなのだと改めて痛感した。 そして、コロナによる休演期間を経て、公演を再開したが、ついにクローズが発表された。プロデューサーは費用の増加を理由に挙げている。確かに、インフレによるコスト増はすさまじいが、それだけでなく、ロングランになるにつれ惰性で公演が続くようになったことも理由として指摘されるべきであろう。 千秋楽の日程は、当初は2024年1月28日に設定された。ところが、クローズが発表されたところ、最後にもう一度体験したいという観客が多数に上り、Final Extensionと毎回言いつつ19回にわたってクローズの日程は変更された。ここまで何度も引き延ばしたのはニューヨークの演劇界において前代未聞である。 だが、小刻みに公演の延長を繰り返す間に、旧キャストが入れ代わり立ち代わり公演に戻ってきた。さらに、演者と観客の呼吸がかみあう往年のSNMが戻ってきて、ショーのパワーが復活してきた。たまたま他に追っている観客がいなかったからか、これまでに前例のない演技を長時間にわたって披露してくれたキャストも筆者は経験した。