NYで14年の公演に終止符「スリープ・ノー・モア」とは何だったか…最終日まで通い詰めた日本人評者の総括
最後の公演を見届けて
イマーシブ・シアター(immersive theatre)の大ブームを巻き起こした「スリープ・ノー・モア(Sleep No More)」(以下、SNM)のニューヨーク公演が、さる2025年1月5日に千秋楽を迎えた。この後、1月9日から11日までは、三夜にわたってフェアウェル・パーティが開催される。 【写真】スリープ・ノー・モアの劇中写真を公開 筆者はオリジナルキャストの時代からSNMに通い続け、最後の公演にも参加した。13年前の拙稿(『閉鎖されたホテルを舞台に、観客が自ら体感する演劇「スリープ・ノー・モア」の魅力』)は、日本のメディアで最も初期にSNMを取り上げた記事の一つである。SNMについての基礎的な情報はこの記事に譲り、本稿では繰り返さない。 SNMは実験的な公演としてスタートしたが、今や猫も杓子もイマーシブを名乗るようになり、イマーシブが何を意味するかは極めて曖昧になっている。本稿では14年弱にわたるニューヨーク公演の歴史を振り返りながら、SNMとは何だったかについて考えてみたい。 なお、ニューヨーク公演の成功を受けて始まった上海公演の日程がまだ残っており、上海公演の閉幕後はソウルでの上演を開始すべく準備が進められていることもあり、ネタバレにあたる記述をすることはしない。
当初は持続可能とは思えなかった
SNMは2003年にロンドンで初めて上演された。その後、2009年から2010年にかけてのボストン公演を経て、2011年にニューヨーク公演が始まった。 もともと筆者は、アルフレッド・ヒッチコック(Alfred Hitchcock)監督の映画、特にバーナード・ハーマン(Bernard Herrmann)が作曲を担当した時代の作品が好きで、ちょっとぼーっとしていると頭の中で「めまい(Vertigo)」の曲が流れだす。「めまい」や「サイコ(Psycho)」の楽曲が高らかに鳴り響く中、「めまい」の肖像画のカルロッタが命を得て動き出すのに間近で接するかのような感覚を味わうSNMは、筆者にとってとにかく魅力的だった。なお、誤解のないように述べておくと、ハーマン以外の曲もSNMでは用いられている。 だが、上記の拙稿を公開するかどうかは非常に迷った。 まず、持続可能な演劇のあり方だと思えなかったことがある。観客と今にもぶつかりそうになりながらコンテンポラリーダンスを踊るので、体のバランスが一つ崩れるとしゃれにならない事故が起きる可能性がある。また、観客をアブノーマルな空間の中で自由に行動させるので、理性を失った観客が何をしでかすか分からないおそれもある。 一方で、ニューヨークの芝居好きがきめ細かく配慮しながらショーに接しているのを邪魔してよいものかと考えたことがある。SNMは闇を重んじる世界であり、基本的にせりふを発せずに演じる直感に訴える(visceral)ショーである。この点を理解した観客たちが、闇の世界を受け入れてネタバレを慎み、理屈をこねくりまわしすぎてショーをいじり壊すことのないファン・カルチャーを育てていた。 悩みつつも記事を送り出したのは、アーティスティックで一般受けしそうにないこの作品が、ロングランの公演になる道筋が見えてきたからである。ただ、当時はここまで公演が続くとは思わなかった。 その後、筆者は、SNMのボストン公演とニューヨーク公演のオリジナルキャストであるトーリ・スパークス(Tori Sparks)へのインタビュー記事と、サードレール・プロジェクト(Third Rail Projects)によるイマーシブ・シアター「ゼン・シー・フェル(Then She Fell)」についての記事を公開している。