NYで14年の公演に終止符「スリープ・ノー・モア」とは何だったか…最終日まで通い詰めた日本人評者の総括
イマーシブ・シアターの特異性
それにしても、イマーシブ・シアターとは一体何なのだろうか。上記二つの記事とは異なる角度から改めて考えてみたい。 そもそも、イマーシブとは、没頭を意味するイマージョン(immersion)という名詞の形容詞形である。現在、イマーシブという用語は、ミュージアムやアトラクションなど演劇以外の世界でも様々に用いられており、議論は錯綜している。 演劇に話を限定しても、イマーシブ・シアターをどう定義するかは難しい。近年はイマーシブ・シアターに関する英文の文献も増えてきたが、広くコンセンサスを得ていると考えられるのは、演者を観客から隔てる想像上の壁、すなわち第四の壁を取り払った演劇がイマーシブ・シアターだということである。 通常の演劇では、演者は舞台上で演技し、観客は客席に座って動かない。この演劇のあり方をイマーシブ・シアターは壊そうとする。では、どう壊すかとなると、大きく言って三つの方向性がある: (1)観客がセットに入り込む (2)観客と演者とのインタラクションを盛り込む (3)観客の意向によりストーリーを変える SNMは舞台と客席に分けることをせず、100に及ぶ部屋を演者が移動しながら演じるのを観客が追いかけていき、インタラクションもあるので、(1)と(2)はあてはまる。だが、観客は白い仮面【注1】をつけることにより演者と明確に区別され、エレベータ前での前口上で個人で行動することとの指示があり、観客がストーリーを変えることはないので(3)はあてはまらない。 (3)の例としては、1985年に初演が開幕したブロードウェイ・ミュージカル「エドウィン・ドルードの謎(The Mystery of Edwin Drood)」がある。このショーでは、第二幕に入ってから犯人候補たちがスピーチをした上で観客に誰が犯人だと思うかを問い、最多得票を得た人が本日の犯人に決まり、その後の展開が決まる。つまり、演者も観客も第二幕がどうなるかは第一幕の段階では分からない。筆者はブロードウェイでこのショーのリバイバルが実現した時に記事を執筆しているが、当時はイマーシブ・シアターとは銘打っていなかった。それが今ではイマーシブ・シアターとみなす見解が出てきている。