少人数、低予算、演技経験不問――米アカデミー賞など受賞相次ぐ、濱口竜介監督の独自性 #ニュースその後
そうして立ち上がる物語は、曖昧さや理解の及ばないような不条理を含んでいる。分かりやすい結末が求められやすい中で、これも異色といえるかもしれない。 「何かが完全に解決されたり、終止符が打たれたりするものは自分には作れない、という気がします。自分が生きている中で、現実そのものの認識を改めさせられるような体験をしてきました。現実にはある種の“噛み砕けなさ”が常にあるし、自分の映画もそうであってほしい。リアリティーは入り口として大事で、観客に『この映画は自分の世界と地続きなんだ』と思いながら見てもらうために必要です。それによって引き出される想像力もある。ただ、我々は自分の感覚の及ぶ範囲でしか現実を知りません。盲点から不意打ちをされて、『現実ってこんななのか』と驚いたりするのが、本当の現実感なのではないかと。映画の中でそういう本当の現実感を構成するためには、ものすごく不条理なものも含んでいるべきではないか、と思っています」
ハリウッドからのオファーがあったら?
世界的に注目を集め、ハリウッドなど、海外から声がかかることもあるのではないか。 「オファーが仮にあったとして、賞を取ったすぐ後に『会いませんか』という連絡が来たら、ちょっと怖いな、保留しておこうかな、となりますよね(笑)。時間が経ってそれでも連絡をくれる人がいたら、考えようかな、と。私は基本的に制作現場で自分の判断基準を保てるようにしたいので、自分が置き換え可能な存在だとすごく困るわけです。そのプロジェクトの中で意見がすれ違った時に、『じゃあ監督を代えてしまおう』とご破算になるのは困るし、そこまでいかないとしても『ワガママを言っている』という雰囲気になるのも避けたい。自分の価値判断を信頼して、濱口じゃないと、と思ってくれている人との仕事である必要があります。そういう信頼は経験上、やっぱり時間をかけないと育たないものだと思います」 今後、何を目指すのだろうか。明確な目標を掲げるわけでもなく、制作は成り行きに任せることもある。『悪は存在しない』は、ライブパフォーマンス用の映像を依頼されたことに端を発し、映画として完成させるかは撮影が終わるまで決めていなかった。テーマやストーリーも偶然に導かれて見いだしたものだ。 「今はそういう自然発生的な制作に軸足を置いているかもしれないですね。1年に1回くらいは撮影現場に立っておきたいので、短編も作っていくことになるのかな。これからのことは分かりません」 この先、濱口監督の映画で何が起こるのか、それは誰にも分からない。 濱口竜介(はまぐち・りゅうすけ) 1978年、神奈川県生まれ。東京大学文学部卒業後、映画の助監督やTV番組のADを経て、東京藝術大学大学院映像研究科に入学。黒沢清監督らに師事し、2008年の修了制作『PASSION』が国内外の映画祭で高い評価を得る。『ハッピーアワー』(2015)が多くの国際映画祭で主要賞、『偶然と想像』(2021)でベルリン国際映画祭銀熊賞、『ドライブ・マイ・カー』(2021)でカンヌ国際映画祭脚本賞など4冠、アカデミー賞国際長編映画賞を受賞。ヴェネツィア国際映画祭で銀獅子賞を受賞した『悪は存在しない』は4月26日公開。 (取材・文:塚原沙耶)