少人数、低予算、演技経験不問――米アカデミー賞など受賞相次ぐ、濱口竜介監督の独自性 #ニュースその後
俳優の演技経験は問わない
濱口監督の作品では、演技経験のない人を多く起用している。『ハッピーアワー』(2015)では演技未経験の女性4人が主演し、ロカルノ国際映画祭の最優秀女優賞を日本人で初めて受賞した。どのような基準で配役しているのだろうか。 「基本的には、人間一人ひとりに魅力が備わっていると思います。その魅力がカメラの前で出れば映画になる。じゃあ誰でもいいのかと言われるかと、そうでもない。キャスティングにはある種の勘が働いています。僕が感じている魅力を、撮影期間内にその人がカメラの前で出せる状態にあるか。『準備ができている』と感じられたら頼みます。結局、演技の上手下手ではなく、『この人はこういう人なんだ』という、えも言われぬ説得力を出せるか出せないか。それは物語やキャラクター設定など、いろんなことの合わせ技でもありますが」 新作『悪は存在しない』で主役を演じた大美賀均さんは、もともと俳優ではなくスタッフだった。 「シナリオを制作する前のリサーチの段階で、ドライバーをしてくれていたんです。その時に、テストでカメラのフレームに入ってもらっていたんですけど、カメラを通して見た時に、考えが読めない顔をしているな、と。そういう得体の知れなさは映画的だなと思いました。決め手になったのは、彼の監督作品を見たことです。『義父養父』という昨年末に公開された中編ですが、正直言ってこんな感性を持っている人だったのか、と驚きました。こういう外見と内面があれば、こういう役も演じられるのではないか、と思って頼みました」
濱口監督の映画に出演したある俳優は、「すべてが特別で、これまでの体験とは異なっていた」と語る。経験を重ねた俳優にとっても、発見の多い現場らしい。何が違うのか。 濱口監督の特徴的な演出方法として挙げられるのが、「脚本(ほん)読み」。どの作品においても俳優全員が数日にわたり、一切の感情表現や抑揚を排して、ただ台詞を読み上げる。相手の台詞も入っている状態になるまで、徹底的に言葉をインプットする作業だ。「脚本読み」を終えたら特に演技指導はすることなく、台詞をどう言うかは現場で俳優に委ねられる。撮影では多くの場合、10回以上はテイクを重ねるという。 「初めのほうのテイクでも、何度か重ねた後のテイクでも、それぞれのよさがあります。ただ、大美賀さんをはじめ演技経験がほとんどない人は、最初はやっぱり緊張するわけです。でも緊張が生み出す集中力もある。テイクを重ねるうちに、リラックスできる瞬間が増えていく。緊張とリラックスのバランスがよくなったら、その人とも演じている役ともつかない人物が現れることも多くなります。OKと思える瞬間を編集で残していくと、最終的に映画の中で、役の人物として構築されます」