心の“痛み”を、アートの力で “希望”に変える「四国こどもとおとなの医療センター」の挑戦:ホスピタルアートディレクター・森合音
「アート活動を通じて行われる目に見えない交流は、明日を生きるエネルギーになる」と語る森さんのオフィスには、ボランティアが手作りしたギフトがあふれかえっている。この部屋に患者や医療スタッフが気軽に立ち寄り、悩みを打ち明けることで、次のアート活動のアイデアが生まれるのだ。
医療スタッフの思いも表現
数々のアート活動の中でも、森さんの意識を大きく変えたのが、地下の霊安室から駐車場までの通路の壁画である。 看護部長から「コンクリートの壁は殺風景で寂しい」という相談を受けた森さんは、クリエイターの協力を得ながら対話を繰り返し、「お見送りの花を手向ける」意味を込めて、177人の職員に青色の花を描いてもらった。
壁画の制作中に感極まって泣きながら描いた職員、完成後に「廊下を通った遺族から感謝された」と涙を流す看護師などがいた。森さんは、患者やその家族だけでなく、当事者の悲しみを自分のことのように受けとめている病院スタッフにも、同様にケアが必要だと気付かされたという。 「この病院では全員参加型で、一緒に環境づくりをしている。医療スタッフの切実な思いが表現されているからこそ、患者さんやその家族も、見えないところでケアされたと感じてくれるのだと思う」
病院の外でも“痛み”の緩和を目指す
現在、森さんは病院内で感じる痛みだけでなく、“院外での痛み”の改善にもアートを取り入れようとしている。その第一歩となるのが、子どもを亡くした家族のグリーフ(喪失による悲嘆)ケアだ。 森さんは、子どもの死を検証して予防策を提言する「チャイルド・デス・レビュー制度」の研究者、近親者の死を体験した当事者、病院スタッフたちと共に、遺族の悲しみに寄り添えるようなメッセージを添えた「グリーフケア・カード」を制作。また、スマートフォンでも様々なアートや自然の風景に出会えるようにとアプリも開発し、試験的に運用をスタートする。 たくさんの痛みを内包している病院。そこで、自らが希望を見いだすきっかけとなったアートを通じ、森さんは今日も誰かの痛みを受けとめ、希望の道筋を照らすべく、さまざまな人との対話を続けている。 撮影=コデラ ケイ
【Profile】
川勝 美樹 ジャーナリスト。米コロンビア大学大学院ジャーナリズムスクール修士課程修了。米系通信社にて経済記者、英系医療機器業界誌や米系住宅専門webマガジンの日本語版編集長などを経て、現在は建築・介護・福祉・アート分野を幅広く取材。「アートx福祉」をテーマにした東京藝術大学の履修証明プログラムDOOR7期生。