心の“痛み”を、アートの力で “希望”に変える「四国こどもとおとなの医療センター」の挑戦:ホスピタルアートディレクター・森合音
関係者から丁寧にヒアリングするなど構想を練るだけで4カ月かけ、作業には地域のボランティアにも参加してもらって約半年で完成させた。すると制作過程で「愛着」や「自負心」が育まれたようで、いら立って壁に穴を開けるような子がいなくなり、病棟の看護師も表情が穏やかになったという。予想以上の効果が得られたことで、森さんは新病院の計画段階から、ホスピタルアートの責任者として迎え入れられた。
森さんが、アートの導入を進言したのは、自身の体験が大きく影響している。21年前に突然、最愛の夫を心筋梗塞で失ったのだ。 “地獄のような苦しみ”にもがきながら、夫が遺(のこ)したカメラで2人の幼子を撮影し続けた。すると、心の中の痛みが少しずつ軽減したという。「写真表現は自分の中の矛盾や痛みにも居場所を与え、アートというフィールドはありのままの私を受け入れ、やがて生きる希望を生み出してくれた」と振り返る。
問題点を痛みと捉え、アートで改善する
開設から10年余りが過ぎたセンター内を歩くと、あちこちに優しさが可視化されたアートに出会う。それぞれが制作された背景を知ると、関わった人々の気持ちがさらに伝わってくる。
病院の前庭には小さな木の家が置かれ、その傍らの立て札には「しばふのなかには、こびとがすんでいます。しばふのなかにははいらないでください」「こびとはみえるひとと、みえないひとがいます」と書かれている。これも、芝生が踏み荒らされた際に設置したもの。壁画同様、立ち入る人が減った上に、子どもの患者には人気の場所となった。
院内に19カ所もあるのが、廊下の壁に埋め込まれた家型の飾り棚「ニッチ(くぼみ)」。木の扉が付いたものもあり、それを開けると手芸作品やメッセージカードなどが隠されている。ギフトのつくり手は約200人ものボランティアで、病院を訪れた人が自由に持って帰れるという。
この扉付きのニッチには、ある少女の思いが反映されている。手術を受ける時、看護師が枕元に置いてくれたぬいぐるみに勇気づけられたという彼女。しかし手術後には、返さなければならず、悲しい思いをした。そこで手術を控える子のためにと、ぬいぐるみを手作りするようになったそうだ。 ただ、彼女の胸中は「誰かの役に立ちたいけど、お礼などを言われるのはプレッシャーになる」という複雑なものだった。だから森さんは、こっそりとプレゼントを忍ばせることができるニッチを考案。すると、別の無口な少女も、自ら編んだミサンガを提供するようになった。それをきっかけに、徐々に心の内を語り始め、闘病しながらプレゼント作りに励んだという。