シナモンで心躍るフランスの年末 街角に漂う香りに導かれて
熱々のヴァンショー 冬の屋台の定番
食べ物から話を始めましたが、12月の街中にシナモン香を漂わせる最大の立役者は別にあります。フランス語でヴァンショー(Vin chaud)、いわゆるホットワインです。スパイスとドライフルーツ、はちみつなどをお手頃ワインに加えて熱々に温めるヴァンショーは、冬の屋台には欠かせない定番。 冒頭で書いた「ブワッとした熱気とともに漂ってくる」シナモン香の出どころは、十中八九この屋台です。こちらもお店によって甘さやスパイスの配合が変わるので、特に寒い日は飲み比べのハシゴ酒をしたくなってしまいます。が、体が温まるとともに確実に酔いも回るので、フルーティな甘さに惑わされずに飲み過ぎ注意! 最近ではぶどうジュースで作るアルコールフリーバージョンも見かけます。 そんなシナモン系のうまいものたちが溢れるクリスマス市は11月末~12月初旬から、全国の市町村で開催され、一番有名なのはフランス北東部、アルザス地方の街ストラスブールです。今年はラッキーにも開催当日に出張が入り、仕事の後で大喜びで繰り出しました。 クリスマス市は街や村で一番大きな広場で開かれるのが定番だけれど、ストラスブールは市内のいくつもの広場に複数の市が立つので、シナモンの香りも街角のあちらこちらに漂っているのです。石畳の小道を鼻を頼りに足の向くまま進んでいくと、ヴァンショーかパンデピスの屋台に必ず行き合って、シナモン好きには夢のような時間を過ごしました。 と言いつつも、私がお土産のパンデピスを買い込んだのは市場の屋台ではなく、地元で愛される素朴な老舗のパティスリーでした。経年変化で色濃くなった木製の陳列棚から特に心惹(こころひ)かれた「いちじくとナッツ」は、まろやかかつ香味が深く、落ち着いた味わい。 ヨーロッパの冬を覆う曇天を見ながら、熱いお茶とともにモソモソつまむのにぴったりのシックなお菓子でした。 ここまで愛を語ってきたものの、実は私のシナモン歴はまだ人生の半分くらい、就職とともに実家を離れてから始まっています。 亡くなった母はシナモンの風味が苦手で「ニッキ」と呼んで敬遠し、子どもの私が食べる機会も少なかったのです。シナモンとニッキは近縁種だけれど違う植物で、前者は樹皮を、後者は根っこを使うというのも、大人になって初めて知りました。親が苦手なものを、子どもは好きであってもいい。そう気づかせてくれたシナモンは、私にとって、自立の印でもあります。 ■著者プロフィール 髙崎順子 埼玉県出身。大学卒業後、出版社勤務を経て2000年に渡仏。書籍や雑誌、ウェブメディアにて、フランス社会と文化を題材に幅広く取材・執筆を行う。得意分野は子育て環境と食。パリ郊外在住。(ポートレート撮影 松村史郎)
朝日新聞社