【追悼】写真家・武田花さん。直木賞受賞作家・村松友視さんが語る、武田家との思い出「泰淳さんに百合子さん、そして彼女もいなくなった」
2024年4月30日、写真家の武田花さんが亡くなった。父は昭和を代表する小説家・武田泰淳さん、母・百合子さんは夫の死後に発表した随筆が大ベストセラーに。そんな二人を編集者として担当したのが、後に作家となった村松友視さんだ。武田家と長く親交を重ねてきた村松さんが花さんを偲ぶ(構成=篠藤ゆり) 【写真】山荘のリビングルームにて、父・泰淳さんとタマ * * * * * * * ◆独特の息遣いが聞こえてくる 花ちゃんが僕より早く亡くなるとは思わなかったな――写真家・武田花さんの訃報を聞き、まずそう思いました。享年72ですから、今の時代、なんとも早い。 同時に、この歳まで生きたのかとびっくりもしました。面白いし、すごく魅力的だけれど、なんとなく薄命そうな感じがありましたから。 晩年は甲状腺の病気を患っていたそうですが、若い頃から元気ハツラツとした姿は思い浮かばないので、調子が悪いことがわかりにくい人でもあった気がします。 最後に会ったのは2012年11月。劇作家の唐十郎さんがかつて泉鏡花文学賞を受賞した縁で、「金沢泉鏡花フェスティバル」で紅テントを張って芝居が上演されるというので、麿赤兒や四谷シモン、大久保鷹など状況劇場の元メンバーが出演して。その観劇ツアーの中に、花さんもいました。
芝居がハネた後、だらだら町を歩いて、一人欠け、二人欠け。最後にラーメンを食べて解散しようとなってテーブルに座ったら、目の前に花さんがいた。「花ちゃん、今いくつ?」と聞いたら「61」。彼女自身、自分がそんな年齢になっていたことにびっくりしているようでしたし、僕もびっくりしました。 その後は時々届くハガキが唯一のつながりというか……。本を出すたびに送ってくれるし、目立たないようなところで書評めいたものを書くと、必ずお礼のハガキが来る。あんな記事、よく見つけるなぁ、と思ったものです。 花さん独特の嗅覚というか、人があまり注目しないようなところに行ってカメラのシャッターを押す、あの感じに通じるなと思いました。 ハガキの文面は、いかにも花さんらしく、ぼそっとした感じで、独特の息遣いが聞こえてくる。「花さんらしい」がそのまま形容詞になるような言葉の選び方でした。 花さんは、忘れ去られたような風景の中に猫がいる写真でよく知られています。発表されているのは、ほぼすべてモノクロ写真。でも、現実の世界はモノクロではなく、カラーなわけです。 たぶん、花さんがじーっと風景を観ていると、花さんの感覚で色彩が漂白されていくのではないか。それは彼女が観た世界であって、現実の風景に向かってシャッターを切ったというのとは、ちょっと違う。いわば、花さん色に染まった白黒写真という感じです。 そこには、特殊な環境で育った屈折した娘の感性も、垣間見えます。
【関連記事】
- 【後編】村松友視「昭和を代表する小説家・武田泰淳さん、ベストセラー『富士日記』を著した妻・百合子さん、DNAを受け継いだ娘の武田花さん。稀有な才能に満ちあふれた一家だった」
- ありがとう、篠山紀信さん『婦人公論』表紙を撮り続けて 高橋惠子「女優としてどれだけちゃんと生きているかを見られている気がして」
- ヤマザキマリ 乗り物での出会いに人生を変えられて。偶然の中で知り合う他人もまた、人生観や生き方を変えるかもしれない未知の壮大な世界そのものなのだ
- 漱石の孫・半藤末利子「嫁入り道具として持参した、夏目家の糠漬けを共に食べて59年。昭和史の語り部と称される夫・半藤一利は、静かに逝って」
- 瀬戸内寂聴×井上荒野「出家したのは、井上光晴さんとの男女の関係を断つため。彼は『娘は将来小説家になる』と昔から言っていた」