「迎えにいく」と連絡があったまま音信不通にーー実親に振り回されても子どもを育てる養育里親は究極の“親業”
「手放したくないという思いがなかったと言えばうそになります」。養育里親として里子を育てる男性はこう明かす。養育里親は、養子縁組を目的とせずに子どもを育てる仕組みだ。里子の多くに実親(生みの親)がおり、親権は実親にある。実親の元にいられない子どものための制度だが、里親にも葛藤がある。かわいい盛りをともに過ごせば手放したくなくなる。問題行動を繰り返されれば疲弊もする。里親の本音を取材した。(ライター・上條まゆみ/Yahoo!ニュース オリジナル 特集)
中ぶらりんのまま3年。「いつまた委託解除の通知がくるかわからない」
九州の田園地帯に住む田中文孝さん(仮名、50代)は、妻と8歳の男の子との3人暮らしだ。サッカーや大なわとびが好きで活発な子どもだが、最近になって学校への行きしぶりが始まった。 「『学校で嫌なことがあったの?』と聞いても、『違う』と言う。心配でたまらないです。家ではひざの上に乗ってきたり、おんぶをせがんだりするなど甘えてくる一方で、イライラ、ピリピリとした反抗的な態度をとることもあります。まるでハリネズミがハリを逆立てているように感じることがあります」 子どもは田中さんの実子ではなく、児童相談所から委託を受けて育てている里子だ。田中さん夫妻は「養育里親」になる。 田中さんが児童相談所から委託を受けたのは7年前。子どもが1歳のときだった。「母親はシングルマザーで、経済的な事情から子どもを育てられない。彼女が生活を立て直すまで養育してもらえないか」とのことだった。 養育里親は養子縁組と違い、子どもとのあいだに親子関係(親権)はない。親元に戻るか、いずれ自立することを前提に子どもを育てる。 田中さんが委託を受けた時点で、児童相談所は「できるだけ早期に親元に帰したい」と言っていた。田中さんは福祉分野で長く仕事をしており、里親について一定の知識を持っていた。納得して引き受けた。 自分たちのことは「お父さん、お母さん」、実の母親のことは「ママ」と呼ばせた。母親との関係を途切れさせないように、定期的に面会もさせた。 子どもは「ママ」に会うことを楽しみにしていた。リュックにお菓子やおもちゃを詰め込んでその日を待っている。しかし、次第に面会をキャンセルされることが増えていった。 約束の時間に姿を見せないので、児童相談所の担当者が電話をすると、母親は家で寝ており、「気分が乗らないので今日はやめておきます」と言って来ないこともあった。 子どもが4歳の夏、委託解除の通知がきた。児童相談所が子どもを母親の元に戻す判断をしたということだ。 子どもには「ママと一緒に暮らせるようになったよ」と説明した。正式に母親の元に戻す前に、お試しで外泊もさせた。母親から「引っ越しをして受け入れ態勢が整ったら、迎えにいきます」と連絡があったところで、いきなり音信不通になった。 「委託解除の通知を受けたとき、『手放したくない』という思いがなかったと言えばうそになります。でも、実の親と暮らせるならばそのほうがいいと思い直しました。つらいけれどもお別れを受け入れようと思っていたし、子どもも幼いなりに、覚悟を決めていたんです」 それから3年。子どもは今も田中さん夫妻とともにいる。母親はどうしているのか、なぜ音信不通になったのか。児童相談所からきちんとした説明はなく、いつまた委託解除されるかもしれない中ぶらりんの状態が続いている。 「子どもとの楽しい日々がどんどん積み重なり、実の子以上に情が湧いています。正直、委託解除の知らせが怖くてたまらない……」