「迎えにいく」と連絡があったまま音信不通にーー実親に振り回されても子どもを育てる養育里親は究極の“親業”
実の母親の手首にリストカットの痕。「彼女も含めて見守る必要がある」
田中さん夫妻に実子はいない。田中さんに持病があって子どもができなかったが、夫婦ともそれで納得していた。40代で大病を患った。一時は死を覚悟した。 「死ぬと言われた命が助かったことで、今後の人生は何か社会のためになることをしたいと思いました。夫婦で話し合い、養育里親をやってみることにしたんです。福祉に関わる仕事をしていて、子育てに悩む保護者の姿をたくさん見てきました。虐待やネグレクトに至る前に第三者が介入することの大切さも痛感していました。介入する方法の一つが里親だと思いました」 田中さんは子どもの母親に一度だけ会ったことがある。手首にリストカットの痕があり、生きづらさを抱えていると感じた。彼女自身が支えられるべき人だと理解した。 「子どもの気持ちを思うと彼女の行動に腹が立ちますが、彼女自身、成育歴や不遇な環境など、いろいろな事情があっての結果なんですよね。そこも含めて、誰かが見守らなくてはいけないのだと思います。今後、もし子どもがママの元に戻ったとしても、近くに住んで、二人三脚で子育てしていけるといい」 田中さんは、母親の記憶が途切れないように、その存在を子どもに伝え続けている。 「一緒にお風呂に入っているときに、『ママも今、お風呂に入っているかな』と話したり。赤ちゃんだったころの子どもを抱っこしている写真があるので、それを見せて『ママ、若いね』と話しかけることもあります。子どもはニコニコと聞いていますが、いろいろな思いはあるようです。『ママに会いたい』と言いますし、最近になって『パパにも会ってみたい』と言い出しました」
ガリガリに痩せていた4歳の子。試し行動にも根気強く愛情を示した
これまでは、実の親による養育が困難な子どもは、児童養護施設に入所することが多かった。今でも施設は社会的養護の大事な受け皿だが、近年は、里親やファミリーホームに委託される子どもが少しずつ増えている。 直接のきっかけは、2016年に児童福祉法が改正され、施設での養育より家庭的な環境での養育を優先するという方針が示されたことだ。 しかし、里親委託は思うように進んでいない。実の親と暮らせない子どもは全国で約4万2000人いると言われる。里親またはファミリーホームに委託されている子どもの割合を里親等委託率といい、自治体によって差はあるが、全国平均で見ると22.8%(令和2年度末)で、目標の75%以上(就学前)や50%以上(学童期以降)に届かない。 厚生労働省や各自治体が周知に努めているにもかかわらず、里親制度がなかなか広まらない理由はいくつもある。その一つが、この制度が「子どもに恵まれない大人のニーズを満たすものではない」ということが、理解されにくいからだ。 慈しんで育てても、養子縁組をしない限り、我が子にはならない。わかってはいても、かわいい盛りをともに過ごせば愛情が湧く。里親の側にも心がある。 東日本の地方都市に住む汐見ゆかりさん(仮名、40代)は、夫と15歳の女の子の3人で暮らしている。子どもが4歳のときに委託を受けた。 「一緒にお菓子を作ったり、映画や買い物に出かけたり。『私たち、ふつうの親子以上に仲がいいよね』と話すほど、子どもとの関係は良好です」 汐見さんは20代で結婚。子どもを切望したが恵まれなかった。養子縁組を前提とした「養子縁組里親」になろうと考えたが、実子でない子を戸籍に入れることを親族に反対された。そこで、「養育里親」から始めてみることにした。 初めて委託を受けた子は2カ月で親元に帰った。2人目が、現在も一緒に暮らしている子どもだ。父母は離婚しており、同居していた母親から虐待を受けていた。 「泣くとうるさいからと、よくキッチンのシンクの下に閉じ込められていたと聞きました。初めて会ったときはガリガリに痩せていて、皮膚炎を放置されたために掻きむしった傷が体じゅうに残っていました」 預かった当初は、わざとコップの水をこぼしたり食事をひっくり返したりして大人の反応を見るなど、問題行動が多かった。 虐待を受けていた子どもは大人に叱られることのほうが日常なので、そうではない状態を不安に感じてしまう。慣れ親しんだ状況をつくり出すために、わざと悪いことをする場合がある。「こんなに悪いことをしても愛してくれるの?」と、大人の愛情を試しているとも言われる。 「事前に里親研修を受けていたので、ある程度は覚悟していました。叱らず、根気よく愛情を示しているうちに、数カ月ほどで落ち着きました」