メイクはデパートの化粧品売り場でお試しと試供品。トイレの水はいちいち流さず…「節約ってゲームをしているみたいで面白い」
連載「相撲こそわが人生~スー女の観戦記』でおなじみのライター・しろぼしマーサさんは、企業向けの業界新聞社で記者として38年間務めながら家族の看護・介護を務めてきました。その辛い時期、心の支えになったのが大相撲観戦だったと言います。家族を見送った今、70代一人暮らしの日々を綴ります * * * * * * * ◆謎に見えない行動 その女性は、毎日うつむきがちにオフィスに入って来て、「おはようございます」と言った。 彼女の仕事は経理。まだ、パソコンで経理をするような時代ではない昭和のことである。彼女は帳簿を広げ、電卓で、時には得意の算盤で仕事をしていた。 午前10時になると、彼女は「銀行に行ってきます」と言い、うつむいてオフィスを出て行った。オフィスビル、銀行、百貨店が大通りに並んでいた。彼女が遅く帰っても、銀行が混んでいたのだろうと誰も不思議に思わなかった。 しかし、戻ってきた彼女はうつむいてはいず、真っすぐに前を向き「ただいま」と言った。それを気にする社員はいなかった。 昼休みになると、一人暮らしの彼女は自分の作った質素なお弁当を一人で食べた。 時には素早くお弁当を食べ、寒い時に着るカーディガンをロッカーから出して、普段かけない眼鏡と共に、百貨店の紙袋に入れて出かけた。 午後1時少し前に彼女はオフィスに戻り、紙袋には百貨店で無料で配られた試供品や粗品がいくつか入っていた。バブルがはじける前、百貨店では売り場やイベント会場で、手提げのバッグ、ポーチはもちろん、大きなお皿や素敵なデザインのコップなど、良いものを無料で来店者に渡していた。 昼休み、彼女がいない時に会社に来た取引先の男性が言った。 「僕は結婚を早まった。彼女は独身なんですってね。僕の理想のタイプ。おとなしくて、日本的美人だ」 その場にいた社員たちは、大声で笑った。
◆知恵と度胸で充実した生活 このおとなしく見える女性の行動のどこがおとなしくないのだろうか?彼女の行動には、独自の知恵が潜んでいたのである。 彼女が銀行に行くまでうつむきがちだったのは、自宅で化粧をしてこなかったからである。銀行の傍には百貨店があった。銀行での用事がすむと、彼女は百貨店の1階の化粧品売り場に並べられているファンデーション、パウダー、頬紅、口紅を試すふりをして、超スピードでつけた。 店員さんが「お化粧をしましょうか?」と近寄って来て声をかけると「急いでいるので」と言って断った。その百貨店の化粧品売り場は広く、毎日、違う売り場に彼女は出没した。 時には試供品をくれる店員さんもいた。彼女はそれを大切に使った。下地だけ家で、頬紅だけを化粧品売り場でという変化技も使った。 しかしある日、彼女はお試しのルールに反すると気づいて反省してやめ、私に「真似をするな」と言った。 昼休みにカーディガンと眼鏡を持って行くのは、その百貨店のイベントで一人一品が無料で配られる時に変装をするためだった。彼女は百貨店の階段を素早く登り、イベント会場から見えないように身を隠し、カーディガンを着たり、眼鏡をかけたりしてした。当時、百貨店は平日でも混んでいて、なにか無料で配るとなると大勢の人が並んだ。「あなた先ほど並びましたよね」などと、気づくイベント会場の人はいなかった。これも若気の至りと今は深く反省しているそうだ。
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