新たなギターヒーロー、MJ Lendermanが語る「Z世代のニール・ヤング」が生まれるまで
音楽を志すまで、ウェンズデイとの絆
『Manning Fireworks』の中で最もパーソナルな一面を出しているのは、収録曲「Bark at the Moon」のラストだろう。「本物のモナリザを見たことがない / 自分の部屋から出たことがない / 深夜までGuitar Heroで遊んだ / “Bark at the Moon”を弾いた」とレンダーマンは歌う。そして最後はソフトに「アウゥゥゥ~」と叫ぶ。 孤独を紛らす様子を鮮明に描写した「Bark at the Moon」は、レンダーマンの原点を描いている。「俺はゲーマーではなかったが、子ども時代にPS2を手に入れると、ゲームのGuitar Heroばかりプレイしていた。一緒にゲームしていた友人たちと、後に本物のギターや他の楽器を始めるきっかけになった」。 以来レンダーマンは、幼馴染たちと一緒に音楽を続けている。最初は放課後のロックバンド・プログラムや教会でプレイしていた彼らだが、ハイスクール時代には自前のバンドを組むようになった。そのうちのひとつがストーナー・サイケのトリオ・バンドで、もうひとつが正統派ロック・バンドだった。ロック・バンドの方は「酷いバンドだった」ので記事にしないでほしいとレンダーマンに頼まれたが、Bandcampにまだアップされていると指摘すると、「すぐに消去する」と彼はジョークを飛ばした。しかし彼は、データを消そうにもログイン情報を忘れてしまっていた。ハイスクールの最終学年で彼は、ソロ・アルバムをレコーディングした。しかしこちらは、ネット上から見事に消し去られている。 レンダーマンは、ノースカロライナ大学アシュビル校で短期間だけ音楽を学んだものの、後に退学している。「ハイスクール時代からいくつかのバンドを経験してきたおかげで、将来構想のようなものが少しでも描けて、俺はラッキーだった」と彼は言う。「カレッジへ進んでみて、周りの人間は音楽経験がほとんどないし、本気でミュージシャンを目指す奴がいない、と気づいたんだ」。 2018年5月にカレッジを退学した彼は、アシュビルのダウンタウンに近いホー・クリークの家に引っ越した。レンダーマンの幼馴染のコリン・ミラーの実家で、ミラーは家族が他へ引っ越した後も引き続き暮らしていた家だ。そこはレンダーマンの他、ウェンズデイやその他のバンド仲間たちの溜まり場となっていた。敷地内には、2019年にリリースされたレンダーマンの正式デビュー・ソロ・アルバムのジャケット写真に登場する2ベッドルームの大きめの建物や、当初はガレージとして建てられた小さな建物などがあった。レンダーマンのバンドをはじめウェンズデイやインディゴ・デ・ソウザ(Indigo De Souza)らは、この家でリハーサルを重ねた。レンダーマンは2010年代後半に、シンガーソングライターとして活動するインディゴ・デ・ソウザの作品にドラマーとして参加している。近所に住むゲイリーという名の家主はとても寛大な年配者で、彼らの出す騒音に文句ひとつ言わなかった。彼は誰とも親しく付き合える人間で、普段はNASCARのカーレースやディスカバリー・チャンネルを観たりして過ごしていた。さらに、地域の生活費が高騰している状況にもかかわらず、家賃を上げることもなかった。 「森や小川に囲まれたゴージャスな場所だった」と、レンダーマンと同居していたハーツマンは証言する。「私の曲にもよく登場するゲイリーは、ジェイク(レンダーマン)が作る離婚者をテーマにした曲のモデルだと思う。ゲイリーは、正に私たちが曲の主人公に仕立てたいと思うような人物だった」。 レンダーマンとハーツマンによる最初の共同作品は、EP『How Do You Let Love Into The Heart That Isn’t Split Wide Open』で、レンダーマンのベッドルームでレコーディングした。その後、二人は付き合い始めることとなる。オルタナティブ・カントリーやシューゲイザーの要素を採り入れたラフでローファイな魅力のある作品で、「水は淀み / 天気も淀み / でも俺は愛し、君を愛す」と歌う「House Pool」で聴かせる二人のハーモニーは、当時から既に見事だった。 2024年に二人は恋人関係を解消したものの、音楽的な関係には影響していない。「たぶん最初から、クリエイティブ・パートナーとしてのつながりの方が強かったんだと思う」とレンダーマンは言う。ハーツマンもまた、「自分の世界観を、特にクリエイティブな人間と共有すると、自然とコラボレーションの創造性が大きく広がる。私たちの関係はそういうもの」と応じた。 ウェンズデイは既に、新作アルバムのレコーディングを完了している。レンダーマン個人は、とにかく現在抱えているタスクを片付けてから、将来の身の振り方を考えるつもりだ。彼がバンドを脱退することになったとしても、それは自分と別れたことが理由ではない、とハーツマンは言う。レンダーマンの「極度のオーバーワーク」が理由だろう。レンダーマンのソロ・ツアーに同行しているウェンズデイのザンディ・チェルミス(ラップ・スティール)やイーサン・ベクトールド(Ba)も、同様の状況にある。「大幅な変化が必要よ」とハーツマンは言う。「成り行きを見守るしかないけれど、バンドにとっては、レンダーマンがずっと在籍してくれるのがいいに決まってる」。 レンダーマンが所属するレーベルAnti-のA&R部門で彼との契約を担当したアリソン・クラッチフィールドもまた、20代を今のレンダーマンと同じような環境下で過ごした。彼女は評価の高いバンド、スウェアリン(Swearin’)を結成し、ワクサハッチー名義で活動する双子の姉妹ケイティやバンド仲間と共に、フィラデルフィアやブルックリンのパンク・ハウスで暮らした。デートしたりレコーディングしたりの毎日で、家でもツアー先でも皆が四六時中一緒に行動していた。 「(バンド活動は)錯乱状態だった」と彼女は言う。「恋愛関係のように、全員の力のバランスを上手に取らなければならない。誰かが何をしたから別の誰かが怒っているとか、この二人は口論して別れようとしているとか、こっちでは泣いているメンバーがいるとか、どのバンドでも揉めごとだらけだった。ウェンズデイのメンバーは、皆が大人の対応で上手く乗り越えているように見える。彼らは、今の自分たちの状況を一生懸命に維持しようと努力している」。 なぜなら、彼らの利害がはっきりしているからだ。「そうしなければ、私たちの友情も、私たちの大切なこと、つまり音楽活動も続けられなくなるから」とハーツマンは言う。「つまらないことで私たちの大切なものを犠牲にしたくないの。恋愛関係でさえ、永遠ではない。恋愛関係の変化なんかで、人生で大切にすべきものを犠牲にはできないわ」。 「俺たちは、肉体的にも精神的にも最もきつい時期を一緒に乗り越えてきた」とレンダーマンは付け加えた。「だからこそ、ひとつの家族のように結束できた。でも同時にいろいろ考えて成長し、自分自身や友だちにとってよりよい方向性を見出さねばならない」。