「刺繍で刺繍を超える」 世界のファッションブランドを支える美希刺繍工芸の独自技術
服を装飾する技術として欠かせない「刺繍」。ベースボールキャップのロゴや、ポロシャツの胸に配されたワンポイント。本領が発揮されるアイテムといえば「着物」や「スカジャン」だろうか。 しかしながら、それらの技術を用いて常識を超える機能と質感を生み出している広島の企業がある。独自のテクノロジーは「布の上に糸で文字や図を描く」という刺繍の概念を覆すものばかりだ。 美希刺繍工芸。世界的なメゾンからのオファーも絶えない、刺繍業界の異端と言える存在である。その現地工場に取材し、同社・苗代次郎会長に話を聞いた。
糸を使わない刺繍
ー美希刺繍工芸の事業について教えてください。 一般的な刺繍糸を使ったワンポイント刺繍から、特殊設備を用いたワラカット刺繍・バルバ刺繍・パンク刺繍・パッチワーク刺繍・モザイク刺繍などを国内外のブランドやメーカーに提供しています。 ー耳にしたことのない技術名ばかりです。刺繍の世界は「生地の上に模様を糸で描く」といったイメージが持たれていますが、御社の技術はそれらとは異なるものでしょうか。 もちろん皆さんが思い描く刺繍をベースにはしていますが、手法と機能がまったく違います。当社しかできないものを生み出しているという自負を持って仕事をしてきました。 一例として、当社特許技術の「ワラカット刺繍」をご紹介します。ミシンに設置した針状の「メス」で生地の経糸(たていと)をカットします。その後洗いをかけることでカットされた経糸だけが縮み、生地に模様が浮き上がります。
ーこれが「刺繍」なのですか? ええ。いわば「糸を使わない刺繍」なのです。他にも特殊針で経糸あるいは緯糸(よこいと)を押し出して模様を浮かび上がらせる「バルバ刺繍」などの独自の技術を持っています。 ーつまり生地の上に糸を配するのではなく、生地そのものの構造を変えている、ということでしょうか。 そう。ですから当社のものづくりは職人技術だけでなく、設備開発。とりわけ「メス」の開発で進展してきました。メスから独自に作ることで新しい技法を生み出し、美しい・機能的な生地を作ることができるのです。