「刺繍で刺繍を超える」 世界のファッションブランドを支える美希刺繍工芸の独自技術
ミシンの「針」を「メス」に変える
ー刺繍がここまで開拓されている分野だったとは驚きました。独自開発を始めたきっかけは。 三十数年前のことです。刺繍は当然ながら、ミシンをはじめとした刺繍機械の機能的な制約を受けます。もっとも基本的な「ボウリング刺繍」は、基本的には生地に細かな丸い穴を開ける技術です。穴の直径は大きくても7ミリ。日本全国の刺繍屋がその制約のもとに仕事をしていたわけです。当社はそこから解放されて、何か変化をつけられないだろうかと思いました。だって皆と同じじゃ面白くないでしょう(笑)。 スタートはデニム生地からでした。ジーンズは洗いをかけると縮みますね。そのデニム生地の経糸だけをちょんちょんとカットして洗うと、その部分だけがパンクしたような状態になって面白い質感になることに気づき、いろいろと試しはじめたのです。その過程で生地に「穴を開ける」のではなく「切る」ためのメスが必要になりました。そこで針を削ってメスのように加工するアイディアが生まれ、「ワラカット」へと発展していきます。 開発したデニム生地を大阪の刺繍組合の合同展示会に出すと、誰もが未知のものを見るような反応でした。 ーミシンをハックするような感覚に近い。 特に刺繍機製造メーカーさんは驚いていました。針をメスに変えるなんて、前代未聞でしたから。このメスをオリジナル開発できたことで扱える素材の幅も広くなりました。太さを入れ替えることで穴の大きさもコントロールでき、加工が可能になったのです。メンテナンスも自社でしか行えない。だから類似技術も出にくい。 以降、次から次へと発想が出てくるたびなんとか形にしてきました。特許は現在31件。出願数はその3倍を超えます。
「木」に刺繍できるか?
ー著名ブランドへの生地提供でも知られています。 はじめてパリコレに生地が採用されたのは、1999年でした。国内外のブランドとのお取引にも、いろいろなきっかけがありましたね。海外の本社から私たちの工場に見学にいらしたり、テキスタイルの見本市を通してオーダーがあったり。当社からブランドに生地を提案することもあります。デザイナーは常に新しい表現を求めていますから、当社にとっても刺激的で面白い仕事ができます。 ーいままで手掛けた中で印象的な生地は。 例えば、あるブランドと協力して開発した「合皮パワーネット刺繍」です。革に刺繍技術によって細かなギャザーを作り、デザイン性と伸縮性を持たせた生地です。