生きていく杖になる本を。パレスチナへの連帯を起点に生まれたひとり出版レーベル「猋社」に込める願い
ある晴れた日のつむじ風のように、あたたかくて心がすこしぶわっと舞い上がる本をつくります――。 【画像】佐古奈々花さん そんな指針を掲げ、この秋にスタートした出版レーベル「猋社(つむじかぜしゃ)」。イラストレーターの佐古奈々花さんが「ひとり出版レーベル」として個人で立ち上げ、12月には第一冊目として、絵本『いっぽうそのころ』(秦直也 さく)を刊行した。 佐古さんは猋社で出版する本について「生きていくための杖になるような本にしたい」との思いを込めた。その背景には、この1年のあいだ、イスラエルによるガザへの侵攻に憤り、パレスチナを支援する活動に向き合ってきた経験がある。 佐古さんの反戦の活動と、出版レーベルを立ち上げるまでの軌跡をたどる。
遠いところで起きていることへの想像力を。出版レーベル立ち上げの背景とは
猋社が立ち上がったのはこの秋。12月にはレーベル発の第一冊目となる絵本『いっぽうそのころ』を刊行し、すでに全国の書店に並んでいる。 広島市で生まれ育った佐古さん。武蔵野美術大学を卒業後は広告制作会社を経て、出版社の編集部に勤めたが、双極性障害を発症し、職場から離れる決断をせざるを得なかったという。数年前の当時、企画しながら出版にたどりつけなかったのが『いっぽうそのころ』だった。 この2024年、ガザ侵攻への抗議とパレスチナ支援の活動に奔走した。描いたイラストが多くの人から必要とされた経験や、いま起きている虐殺を知ることで「死」を身近に感じたこと、そして活動を通して出会った人々――。さまざまな要素が幾重にも重なり、猋社がスタートしたのだった。 ―猋社を立ち上げたきっかけとしては、この2024年、パレスチナ支援の活動をされていた経験があるとのことでした。 佐古奈々花(以下、佐古):パレスチナの支援活動をやらなかったら、猋社も立ち上げていないと思います。活動をしながら、どこにいたって、いつ死んだっておかしくないな、と思ったんですね。じゃあ、私は何をやり残していたんだろうかと考えた。 双極性障害を発症して、やりきれなかったこと……絵本の出版編集はやりたかったのに、できなかったんですよね。そのなかでも、秦さんの本をかたちにできていなかったことはずっと心に大きく残っていて、どうしてもそれを果たしたいと思ったんです。 ―猋社のことを綴られているnoteには、「レーベルをはじめたのは、『問題と幸せが同時に存在する世界を少しでも愛するための杖のような本を手元に置いておきたい』と思っているからです」と記されていました。 佐古:そうですね。後悔しないように、まず「自分の杖」をつくることが起点でした。とにかくいまの私にとって『いっぽうそのころ』という絵本が杖になっていて。これからつくる本もすべて杖になっていくと思います。 それは、自分にとっての杖であるのだけれど、もしかしたらほかの人にとっても杖になり得るかもしれない。そんな本だったらつくりたいし、たくさんつくることにも意味があるかなと思いました。 さらにこれからは2月に2冊、5月に1冊、刊行予定があります。その3冊の著者3人は、すべて『パレスチナ あたたかい家』と、支援活動をするなかで出会った人たちなんです。 ―『いっぽうそのころ』は、もともと佐古さんがかつて勤められていた出版社で、かたちにしようとしていたものだったんですよね。絵本にしようと思った端緒は何だったんですか? 佐古:動物たちがお茶目に遊んでいる様子を描いたイラストを、秦さんが無言でSNSに連投していたんですよね。出版社に勤めていた6年前ぐらいに、それを発見して。人間には見ることができないような、動物たちだけの世界にある一瞬を描いていて、とてつもない魅力があると思って。どうにかして絵本にできないかと考えていたら、ある日「いっぽうそのころ(一方、その頃)」っていう、この言葉を軸にしたら複数のイラストすべてがつながるぞ! と思えるワードが降ってきたんです。 佐古:この前、この本を買ってくださった方が、写真家の星野道夫さんのエッセイ『旅をする木』から引用して、SNSにレビューを書いてくださっていたんです。 普段アラスカで暮らす星野さんが、ふと仕事で東京に行ったときに、その時間がすごく良かった、と。その理由は、東京で慌ただしく仕事をしているあいだ、アラスカで鯨が泳いでいる姿が想像できるから。それを知ってるか、知らないかでは天と地の差がある――そういったことを書いた一節でした。私も秦さんもまさに、星野さんが言うような、そんな豊かさを感じられる本をつくりたいと思っていたんです。 私たちは基本的に、自分が生きている、目に見える範囲の世界しか知らない。一方で、遠い場所で何かが起きているかもしれないと、つねに想像する力も持っています。その力で気を紛らわすこともできるし、元気づけられもする。とても大事なことだと思うんです。意識的に視点を飛ばしてみること。問題がすぐに解決するわけではないけれど、絆創膏ぐらいにはなるかもしれないなと思って。