私の胸を音を立てながら潰していった「衝撃的な報せ」
叶わなくなってしまった夢
全世界で新型コロナウイルスのパンデミックが起こったその最中の2020年、私は7作目となるブルーバックス『細胞とはなんだろう』を上梓した。同書に続いて「なんだろう」と題名に入れたのが、2024年8月に上梓した『DNAとはなんだろう』である。 もちろん、私はこの2冊にも、永美ハルオさんにカット絵を寄せていただくつもりであったし、実際に永美さんはご快諾くださり、それが実現した。しかし、この次のブルーバックスのカット絵も永美さんにお願いするという私の夢は、残念ながら叶わなくなってしまった。 私は今、大学で学生たちに講義をする立場にある。日々、さまざまな図版やイラストを引用しながら、学生たちに生物学の講義をおこなっている。 「ウイルス三部作」を刊行し始めた頃から、私は「巨大ウイルス」という、それまでのウイルスよりも粒子やゲノムサイズが大きいウイルスの研究をおこなっており、その時期から、講義でウイルスについて話すことが多くなった。 そこで必ず学生に見せるイラストがある。永美さんが、『新しいウイルス入門』に寄せてくださった「ウイルスは、私たちのまわりにたくさん浮遊している」というカット絵である。居間でコーヒーを飲みながらくつろぐ紳士の周囲を、無数のウイルスがまるで小宇宙か何かのように漂っているさまが 描かれたものだ。 この紳士は、もしかしたら永美ハルオさんご自身なのではないだろうか。科学が織り成す無数の営みに取り囲まれて、永美さんは数多くの、誰にも真似できない世界を作り上げてきてくださった。永美さんのカット絵は、科学者のように独善的ではなく、もっと客観的で科学者の上を行くほどの、無数のウイルスたちを穏やかに眺める紳士然とした、より科学的で冷静な姿勢の賜物であった。 永美ハルオさんの訃報は、ブルーバックスという、綺羅星のように科学を夢見る子どもたちを虜にしてきたシリーズにとって、そして私という一人の書き手にとって、大きな衝撃だった。私はもう、「永美さんなら……」ということを考えて、原稿を書くことができなくなってしまった。