私の胸を音を立てながら潰していった「衝撃的な報せ」
去る9月30日、イラストレーターの永美ハルオさんがご逝去されました。享年90。 永美さんは、創刊3年後の1966年から延べ200冊以上のブルーバックスにイラストを描いてくださり、特に物理学者・都筑卓司さんとの名コンビで人気を博しました。 【こちらも永美氏の作品】延べ200冊以上のブルーバックスを飾った お二人の作品を通して、ブルーバックスファンになったという方も数多くいらっしゃることと思います。そんなお一人である東京理科大学教授の武村政春さんが、深い愛惜の思いを込めて追悼文を寄せてくださいました。
亡き父が所蔵していたブルーバックス
小学生だった頃、実家の一階に二畳ほどの小さな部屋があって、そこにたくさんの本がずらりと並んでいた。 その小部屋で、哲学者だった父の本が、推理小説から人文社会書、そして自然科学書に至るまで、ありとあらゆる分野を網羅していたその中に数冊のブルーバックスがあり、時おり私はその小部屋に入り込み、読み耽っていたのである。 その中でも、とりわけ私の子ども心を強く揺さぶったのが、都筑卓司著『はたして空間は曲がっているか』と、同じく都筑卓司著『不確定性原理』だった。都筑氏の朗々たる文章もさることながら、私が何より楽しいと思ったのは、ところどころに1ページまるまる使って挿入されたカット絵であり、その絵を気の向くまま、気のすむまで、いつまでもあの小さな薄暗い書斎で眺めていたものだった。 そして父が亡くなった後、そのブルーバックスは、私の手元に今でもある。
永美ハルオさんとの出会い
私は取り立てて物理学に興味があったわけではなかったが、「空間が曲がっている」とか「不確定」とか「四次元」とか、ふだんは使わない言葉が並べ立てられると、それだけで興味をそそられたし、そしてなにより、あの風刺の効いた、お茶目にデフォルメされた人物が面白おかしく歪んだ物理学の世界で遊んでいる不思議なカット絵が、とにかく見ていて楽しかったのである。 私は結局、物理学ではなく生物学の世界に足を踏み入れることになったけれども、科学に最初に興味をもったきっかけがあのブルーバックスであり、のちにその描き手が「永美ハルオ」という名前であることを知ることになるあのカット絵であったことは、強く断言できる。 その私が、思いもかけずブルーバックスに本を書かせていただくことになったのは、2005年の『DNA複製の謎に迫る』が最初だった。 ブルーバックスという言葉から私の頭の中で即座にイメージされるのは、永美ハルオさんのカット絵。それほどまでに、ブルーバックスと永美さんは私の中では不可分の関係にあったがゆえに、当時の編集者であったHさんに、「なんとか永美ハルオさんにカット絵をお願いしていただけないか」と頼み込み、第1作目の若造にすぎなかった私の願いをHさん、そして永美さんご本人がご快諾くださったことに、小躍りするほど喜んだのである。