宇宙は無数に存在するのか…謎に挑み続ける物理学者たちがたどり着いた「意外な答え」
謎の物質やエネルギー、いったいどこからが「謎」?
――本書では、宇宙に存在する謎の物質「ダークマター」や謎のエネルギー「ダークエネルギー」が紹介されています。「ダークマター」「ダークエネルギー」は、どこまで詳細がわかっていて、どこからが「謎」なのでしょうか。 野村:ダークマターは「光では見えない物質」です。「存在する」ということはわかっています。現在の宇宙を構成するエネルギーの中で、僕たちが観測できる電子や陽子などによるエネルギーが占める割合は5%程度。それに対して、ダークマターが持つエネルギーは宇宙の構成エネルギーの約25%を占めることが観測結果からわかっています。ただ、それ以外はわかっていません。 現代宇宙論では、「宇宙は加速的に膨張している」と考えられています。その加速膨張を引き起こしているのが、ダークエネルギーです。ダークエネルギーも、宇宙の構成エネルギーの約70%を占めていることはわかっている。ダークエネルギーの正体の最有力候補は、真空のエネルギーです。 真空のエネルギーというと、不思議な印象を受けるかもしれません。真空にもエネルギーは存在します。「空間自体が持つエネルギー」というイメージ。最有力候補が固まっている、という点では、ダークエネルギーはその存在自体はあまり謎ではないのかもしれませんね。
少しだけゆらいでいる宇宙
――本書では「宇宙はビッグバン時代に突入する前に、インフレーションと呼ばれる爆発的な加速膨張の時代を経験した」と書かれていました。インフレーションが起こった証拠として、「Bモード偏光の光子の検出」が重要、とのことですが、Bモード偏光の光子とは、どのようなものなのでしょうか。 野村: 初期の宇宙から発せられる「宇宙背景放射」という電波を観測すると、初期の宇宙は、ほぼ一様で均一だったことがわかります。「ほぼ」というのは、宇宙の密度には10万分の1程度のゆらぎがあったからです。この小さなゆらぎが後に成長して、我々が現在みる銀河や銀河団になったのです。 ここで、「なぜ宇宙はほぼ一様だったのか」ということが問題となります。この宇宙の一様性や他の諸問題を説明するために、1980年代に考え出された理論がインフレーション理論です。 しかし、このインフレーション理論は、同時に一様性からの小さなずれも予言するのです。この小さなずれが宇宙背景放射にみられる密度ゆらぎの起源なのですが、インフレーションは密度のゆらぎだけではなく、「原始重力波」という時空のゆらぎをも生じます。この時空のゆらぎは、インフレーション以外では生成するのことがとても難しいものです。 ですから、原始重力波の検出はインフレーションが起こった直接的な証拠となり得ます。そこで、原始重力波に由来する宇宙背景放射の成分を検出しよう、という試みが多数なされています。宇宙背景放射を構成する光子の偏光にはBモードとEモードの2種類があります。原始重力波に由来する偏光は、Bモードです。つまりBモード偏光の光子を宇宙背景放射から検出することで、原始重力波の存在を確認することができるのです。 原始重力波に由来するBモード偏光の光子は、現時点では見つかっていません。一方で、いつ見つかってもおかしくありません。Bモード偏光の光子が検出されれば、インフレーション理論はより強固なものになると思います。 実は、ハーバード大学とカリフォルニア工科大学が中心のBICEP2という研究チームが、Bモード偏光の光子を検出した、と発表したことがあります。2014年のことです。関連する科学者の家にレポーターが駆けつけ、カメラの前でシャンパンを抜く、などしていました。でも後になって、結局それは違う偏光だった、ということがわかりました。 実はインフレーション終了後に、他のモードの光子が変換してBモードになることもあるのです。BICEP2が検出したBモード偏光の光子は原始重力波由来のものではなく、このインフレーション後に生成されたものだった、というオチです。