トリシェ氏が日銀総裁だったら? 円安と利上げめぐる「とんでも予想」の現実味は
急拡大するデジタル赤字、さらに円安が進む可能性も
FRBの利下げと日銀の(小幅な)利上げによって日米金利差が縮小したとしても、貿易・サービス収支の恒常的な赤字を踏まえると、さらなる円安が進行することも考えられます。東日本大震災以降に原油や天然ガスといった鉱物性燃料の輸入増で貿易赤字の体質が定着する中、過去10年は米テック企業への支払い(クラウド、SNS経由の広告料等、オンライン会議、有料動画・音楽配信)、いわゆるデジタル赤字が急激に拡大し、今や構造的な色彩を帯びていることから、サービス収支の赤字幅は拡大傾向にあります。 貿易・サービス収支が赤字の状態は、外為市場で実需のドル買い需要が超過していることを意味しますから、常に円安圧力が生じていることになります。当面は旅行収支の黒字幅拡大によって貿易・サービス収支の改善が期待されるものの、デジタル赤字が計上される「その他サービス収支」の赤字が解消する可能性は極めて低く、サービス収支が黒字に転じる見込みは薄いと判断せざるを得えません。5年などといった長期でみれば、製造業の国内回帰(輸出モデルへの切り替え、リショアリング)、日系海外現地法人からの配当還流(税制改正による還流促進の実施、いわゆるリパトリ)、対内直接投資の増加などといった円高要因も発生し得ますが、これらは近い将来において為替市場の中心的な材料になるものではありません。
物価の番人に徹したECB総裁を再評価する声
やや極端な前提かもしれませんが、仮にUSD/JPYが170、175、180と次々に水準を切り上げるなら、日銀が通貨防衛的な利上げに踏み切る可能性は高まると考えておくべきでしょう。その場合、日銀は利上げの理由をどう説明するでしょうか。筆者は日銀が「物価一点集中主義」を採用すると見ています。ここでいう、物価一点集中主義とは「物価のみ」に焦点を当てる政策態度で、換言すれば物価の番人に徹する姿勢といった具合です。「物価は日銀、景気その他は政府」という役割分担の下、消費者物価上昇率が2%を超えるならば、中央銀行は物価上昇の質にこだわらず、粛々と利上げを実施することになります。 それに近い政策態度を採っていた事例として、トリシェ総裁(2003~2011年)が率いたECB(欧州中央銀行)があります。トリシェ総裁は、ギリシャの財政不安に端を発する債務問題が広がりを見せていた2011年4月と7月に、原油高を直接的な原因とする物価上昇に対して利上げを講じました。この利上げに対して批判的な議論は多く、特に当時は一部の識者が酷評しましたが、高インフレを経験した最近になって、物価の番人に徹したトリシェ総裁を再評価する声は増えつつあるように思えます。 消費者物価上昇率が2%を超えている現状、「もしもトリシェ氏が日銀総裁だったら」、日銀は連続的な利上げに動くのではないでしょうか。円安による輸入物価上昇を防ぐために果敢な利上げが断行されるとみられます。表向きは輸入物価の安定ですが、為替を念頭に置いているのは明らかでしょう。現時点では「とんでも予想」に近い話ですが、頭の片隅に入れておかねばならない展開に思えて仕方がありません。 ---------------------- ※本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。