『大丈夫倶楽部』で井上まいさんが作り出す、優しくてまあるい世界はこうして生まれた
マンガライターの横井周子さんが、作品の作り手である漫画家さんから「物語のはじまり」についてじっくり伺う連載「横井周子が訊く! マンガが生まれる場所」。今回は、『大丈夫倶楽部』作者の井上まいさんにお話を聞かせていただきました。 【yoiのおすすめマンガ】癒し系、医療、号泣必至の人間ドラマまで(画像)
●『大丈夫倶楽部』あらすじ● 「あの いま大丈夫じゃない感じですか?」。自分の“大丈夫探し”が趣味の花田もねは、ある晩に出会った芦川(あしかわ)と意気投合。今いる場所を大丈夫な場所にする活動=「大丈夫倶楽部」を結成し、日々楽しく研鑽を積んでいる。だが、実は芦川は宇宙人だという秘密を抱えていて…?! 天真爛漫な花田もねと謎の生物・芦川が日常を居心地よくする“ハビタブル”ストーリー!
■大勢から共感を得られなくても、この実感を作品にしたかった ──読者の心の深い部分に寄り添う『大丈夫倶楽部』は、どこか風変わりなマンガです。語り口やテーマの切り取り方に、この作品ならではのオリジナリティを感じますが、そもそも「宇宙人」と「セルフケア」という題材はどのように思いつかれたのでしょうか。 今の「宇宙人」と「セルフケア」というキーワードを聞いて、そうか、そういうふうにとらえられるんだなあと新鮮でした(笑)。きっかけというか、このマンガは私自身の実体験に近いものが話の種になっています。生きていると、色々とうまくいかないことや思い通りにならないことがありますよね。私の場合は、それが長く続いた時期がありました。新しい作品に向けて水面下でたくさん試行錯誤していたのですが、なかなか形にならなくて。 作中に出てくる「大丈夫になりたい」という直接的な感覚とは少し違うけれど、「うまくいかなくても、やるしかないんだから仕方ないよな」とか、私自身が生活の中で感じた気持ちに肉付けしていったのがはじまりです。すごく私的な内容なので、最初は同人誌で出そうと考えていました。大勢から共感を得られなくても、この実感をそのまま作品にして自分用の本にしたいと思ったんです。ちょうどそのタイミングで「マンガ5」の編集さんから連絡をいただいて、縦読みマンガの新連載として発表することになりました。 ──主人公の花田と宇宙人の芦川。日々、“大丈夫”を探求しておしゃべりする二人が楽しそうで、この関係にすごくなごみます。 花田はふわふわした「いい空気」みたいな人。花田に「いいじゃん!」と言ってくれる存在がほしくて考えたのが芦川です。仲間がいるって素敵なことですよね。「自分には仲間なんていない」と思う人もいるかもしれないけど、そばにいなくても、マインドだったり立場だったりを共有できる人ってどこかに存在するんじゃないかなと思います。そういう意味で、芦川と花田は「大丈夫倶楽部」についての理念が合致した、魂の友達なんです。 ──ソウルメイトを、性別や年齢などがあいまいな「宇宙人」として表現された背景には、どんな考えがあったのでしょうか。 読者の解釈をあまり狭めたくないという思いはありましたね。他人はみんなどこか正体不明で、もしも人じゃなくてもわからないかもしれない。そのニュアンスを受け取っていただけたらいいのかな、と。それと、『大丈夫倶楽部』では性別に関するモヤモヤ以前の話がしたかったので、性別は特にいらなかったんです。 編集さんにも「(商業作品なので)女性の主人公と並べて幅が出る、男性の見た目にしたほうが伝わりやすいでしょうか」と芦川を人間にするアイデアも出しましたが、「いや、謎の生きものでいきましょう」と言っていただいたので、そこから固めていきました。商業マンガは、担当編集さんがいて、作家がいて、もちろん編集部がいて。いろんな方のお知恵を拝借できるのが強みだなとずっと感じています。ここでしか形にならないものがあるんですよね。