『大丈夫倶楽部』で井上まいさんが作り出す、優しくてまあるい世界はこうして生まれた
■人知は未だ世界の内に在り されば知るべし 学研すべし ──最終回の直前にも「あなたの大丈夫はあなただけのものだからね」という、すごくいいセリフがありました。そもそも「大丈夫」とは井上さんにとってどんなものでしょうか? うーん、なんだろう…もしかしたら「ゆとり」という言葉が近いのかもしれませんね。現実って、時間も、お金も、気持ち的にもなかなか余裕がなかったりします。そうなると生存本能的には自分を大事にするけれど、みんながみんな、それしかやれない社会ってあまり面白くない。 家でぼーっとする時間でもいいし、日向ぼっこするだけとかでもいい。そういう時間があると、自分以外のことも考えられる気がするんです。ただ、「大丈夫」は大事なものだとは思うけど、求めても手に入らない場合があるから、「あるべきものだ」とは言いたくないです。 ──絶対必要だという追い詰め方はしない。その思いこそが、このマンガの優しい空気感を形作っているのかもしれませんね。また、この作品ではセリフも含めて「描くこと」と「描かないこと」をかなり厳密に選んでらっしゃるようにも感じました。 とげ抜きは徹底しました。コロナ禍中に描き始めたこともあり、気持ちを落ち着かせる物語にしようと強く思っていたので。それから、主題以外の要素はかなり削っています。例えば翠の生い立ちのことも、キャラクターを取り巻く事実として言葉の外で伝えることはありますが、気づく人は気づくし、気づいたらもう十分だし、気づかなくても全然いい。 でもひとつだけ、不自然なくらい恋愛を描かなかったことはちょっと反省しているんです。「恋愛要素がないから安心して読める」という感想もたくさんいただいたんですが、1組くらい恋人たちが作品の中にいてもよかったのかも。私の中の優先度が低くて、描きたいことを描きつづけていたら、恋愛を描くタイミングがありませんでした。 ──すでに連載は完結し、コミックスは秋に発売予定の8巻が最終巻です。 物語としてどこまではっきりと描くのかはずっと考えていましたが、担当編集者と私とで決めたラストなので、楽しんでいただけるとうれしいです。 マンガも、こういった記事も、読んでくださっている方々の「何か読もう」という思いって豊かでいいなあと思うんです。興味を持つこと自体が心の栄養になっていると思うので、これからもぜひいろいろなものを楽しく読みつづけてください。『大丈夫倶楽部』でもいいし、他のマンガや娯楽でももちろんいいので、触れていただくきっかけになったらうれしいです。 ──『大丈夫倶楽部』に出てくる素敵な標語「人知は未だ世界の内に在り されば知るべし 学研すべし」を思い出しました。 あれは実は、それっぽく作ったオリジナルの標語なんです(笑)。書道教室の先生をしている、ちょっといい加減なおじいさんが書いた設定なので、そんな感じをイメージしつつ、作品の中心となる言葉を一生懸命考えました。世界には本当にいろんなことがあるので、たくさん知ること、学ぶことは悪くないなあってよく思います。 漫画家 井上まい いのうえ・まい●第53回ゲッサン新人賞佳作受賞。著書に『春のムショク』(小学館)、『大丈夫倶楽部』(レベルファイブ)、『長く短い夏』(プランタン出版)。『大丈夫倶楽部』では、「次にくるマンガ大賞」2022年、2023年にノミネート、「CREA夜ふかしマンガ大賞2023」第4位に選出。 マンガライター 横井周子 マンガについての執筆活動を行う。ソニーの電子書籍ストア「Reader Store」公式noteにてコラム「真夜中のデトックス読書」連載中。 ■公式サイトhttps://yokoishuko.tumblr.com/works 取材・文/横井周子 構成/国分美由紀
『大丈夫倶楽部』 井上まい 電子単行本 ¥748~/レベルファイブ 紙の単行本 ¥792~/レベルファイブ、トゥーヴァージンズ