『大丈夫倶楽部』で井上まいさんが作り出す、優しくてまあるい世界はこうして生まれた
■大丈夫じゃなくてもいいし、大丈夫になるほうを向けなくてもいい ──「大丈夫倶楽部」の活動の中でも、「ハッピーチョコスプレー」(33話)は特に好きな回です。仕事がしんどくても家にカラーチョコスプレーがあるとうれしい…というさりげないエピソードですが、チョコスプレーがかわいくて元気が出るし、共感します。 うれしいです。もう、本当に個人的な感覚というか…、こんな話をわざわざマンガにして発表していいのかなって(笑)。でも日常ではすごく「ある」ことだから、どこまで読者に伝わる作品にできるだろうかとドキドキしながら、耐久テストのような気持ちで描いていました。『大丈夫倶楽部』の連載は毎週更新でページ数が少なめだったからこそ、ちょっとした出来事をテーマとして丁寧に拾えたのがよかったのかもしれません。 ──ご自身の中で印象に残っている回はありますか? 「夢の宇宙遊泳」(52話)でしょうか。無限に縦にスクロールできる縦読みマンガならではの面白いギミックに挑戦したくて、宇宙遊泳をするように下から上へとスクロールして読んでいく構成にしました。 『大丈夫倶楽部』は連載時の縦読み版、電子版、紙版とありまして、電子と紙のコミックスでも自然に読める形に工夫していただきましたが、この回はぜひ縦読みで読んでいただけるとうれしいです。「マンガ5」編集部は面白いことに対して意欲的で、私もそのことをよく知っていたからこそチャレンジできた話なので、思い入れがあります。 ──編集部との絆を感じますね。ほのぼの、ワクワクするお話の一方で、晃良(アキラ)や翠(みどり)のようにさまざまな事情を抱えたキャラクターも登場します。説明的に明示はされませんが、兄弟差別や宗教2世などシビアな家庭環境を推察できるように描かれていますね。 『大丈夫倶楽部』では基本的に優しくて、まあるい世界を作ると決めていたんですが、晃良は、その真逆をいく裏主人公として考えたキャラクターでした。誰もが花田みたいに幸せノーテンキにはいられないし、さまざまな考え方がありますから。 花田が子どもの頃に聴いたラジオ番組をきっかけに「今いるここを大丈夫にしよう」と思い至るエピソードがあります。その同じ番組を聴いて「宇宙に出よう」と逆のことを考えた子どもが晃良です。二人は鏡のような存在なんです。 ──裏表のラジオのシーンは、物語全体を貫く大切なパートとなっています。一方の翠が「大丈夫倶楽部」の活動を「大丈夫教」と茶化すシーンは、芯に触れる怖さもあります。 晃良がなんだかんだいい奴になってしまったこともあって、「アンチ大丈夫」な一種の悪役として登場させたのが翠です。このマンガの登場人物は、基本的には大丈夫なほうを向けるタイプが多いけれど、読者に対する受け皿として、「別に大丈夫じゃなくてもいいよ」という思いをちゃんとキャラクターにしたくて。 「『大丈夫倶楽部』を読むと大丈夫になれる」と言っていただいたりするんですが、大丈夫になれるのは、そういうふうに物語を受け止めるその人自身の考えがあるからこそ。大丈夫じゃなくてもいいし、大丈夫になるほうを向けなくてもいい。翠はそれを伝えるためのキャラでもありますね。