日本で唯一、本物の下水道管の中に入れる「小平市ふれあい下水道館」- 下水道の暗闇の中に見たものとは
『ブラックジャック』の愛読者だった小学生のころの僕は、その回を読んで以降、下水道というものには一生近寄りたくないと思った。 もちろん、物の道理をわきまえる大人になってからは、下水道=ネズミの大群=食い殺される! というような短絡的な恐怖はなくなり、下水道こそ都市で暮らす人々にとってなくてはならない超重要インフラと認識するようになったが、トラウマというのは大したもので、なんとなく下水道は怖いというイメージを引きずっていた。 外国では下水道の住人についてノンフィクションの世界でもしばしば取り沙汰された。 1997年に翻訳出版された『モグラびと ニューヨークの地下生活者たち』(ジェニファー・トス著 渡辺葉訳)は、地上での暮らしを捨て、閉鎖された地下空間に棲息する謎の人間たち=「モグラびと」の素顔を明らかにするノンフィクション。ニューヨークの地下中に張り巡らされた地下鉄のトンネルや駅、また下水道に住む彼らは、貧困や薬物中毒、家庭崩壊、犯罪などの様々な理由から地上での普通の生活を拒絶した人々だという。 当地では昔からその存在が噂され、実際に多いときは数千人におよぶ大きなコミュニティさえあったという彼らの実態を、綿密に取材した女性記者によるこの書は大きな話題になった。出版とほぼ同時に本書を手にした僕は、昔読んだ『ブラックジャック』のことも改めて思い出しつつ、やはり下水道というのは普通に生活する一般人にとってはアンタッチャブルな異空間だなという認識を新たにした。 そんなニューヨークの下水道も、2001年9月11日の米国同時多発テロ以降、犯罪の温床になることを危惧した当局によって徹底的に浄化された。そこに暮らすホームレスの人々も、すべて排除されてしまったのだ。 ……の、はずだったのだが。 裏社会の話題を得意とするジャーナリストの丸山ゴンザレスが2010年代後半に取材したところによると、アメリカのニューヨークやラスベガス、またルーマニアの首都ブカレストなどには、いまだに下水道を含む地下で暮らす人々が大勢いることが明らかにされている。