日本一のバルーンアーティストが焼き芋屋の店主に!コロナ禍の収入激減生活から一転、極甘蜜芋に懸けた「第二の人生」への想いとは
パンデミックが引き金となり、レジェンドへ弟子入り
「ここからはバルーン一本でいくぞ!」そう覚悟を決めた矢先、新型コロナウィルスによるパンデミックが到来。出演予定だったイベントはすべてキャンセル。バルーンを納品する予定だった入学式や卒業式なども次々となくなり、夏まで埋まっていた仕事がすべて白紙となってしまった。 「コロナはいつ終わるかわからない…。この先、どうやって生きていけばいいんだ」 初めの1年は失業保険でなんとか食い繋いだものの、その先のプランが描けずにいた。 「独立したけど仕事がない」周囲に不安を漏らすと、イベント会場で知り合った、飲食業を営む仲間たちが手を差し伸べてくれた。 イベントに出店するお店やパフォーマーは、地域ごとに同じ顔ぶれが集まることが多い。何年もさまざまなイベントに出演していた中山さんは、自然と人脈が広がり、仲間たちとの信頼関係ができていたのだった。 「落ち着くまでうちで働かない?」「一緒に弁当屋を始めないか?」中山さんを心配した大勢の友人たちが仕事を紹介してくれたなかで「ちちさん、なんなら芋焼かない?」と声をかけたのが、焼き芋業界では「レジェンド」と称される、よっしーさんだった。 よっしーさんは藤沢で焼き芋専門店を開業し、現在は長野県内で「よっしーのお芋屋さん。」を2店舗営んでいる経営者。 「全国焼き芋グランプリ2020」で名誉実行委員長賞の受賞歴があり、現在は全国各地のイベントにひっぱりだこだ。 例に漏れず、中山さんもよっしーさんの焼き芋が大好きだった。 「僕でも焼けるんですか?」と聞くと、「焼けますよ。ちゃんとやり方も教えますから」とよっしーさんは太鼓判を押した。その答えを聞き、「あれだけおいしい焼き芋が作れるようになるなら」と、2021年2月に弟子入りした。
1本1000円以上の焼き芋を売る意味
中山さんはレジェンドのノウハウのすべてを、学びに学んだ。焼き芋はじっくりと長時間かけて焼くイメージがあるが、その工程だけがすべてではない。むしろ、焼くまでに必要な下処理に、意外なほど手間と時間がかかっている。 まず、さつまいもを大きさごとに選別し、水洗いする。次に腐っているところや口当たりの悪い部分を、1本ずつ丁寧に取り除いていく。このあともう1工程あるが、ここは企業秘密。下処理の工程はすべて手作業で、ゆうに4時間~5時間はかかると言う。 下処理がすべて済んださつまいもは、オーブンで3時間~3時間半ほどかけて、じっくり焼き上げていく。ほくほくに焼き上がったら完成…ではなく、さらに寝かせることでより味わいを高めている。 ノウハウを教わった翌日からは、ひたすら自宅でさつまいもを焼く日々が始まった。 「これぞ」と思った焼き芋ができあがると、試食してもらうためによっしーさんのお店へ。アドバイスをもらうと家へ戻り、さらに試行錯誤を重ねた。 だが、修行の間に学んだのは、技術だけではなかった。 「いかに農家さんを守り、想いを伝えていくか」という、焼き芋屋としての心構えから教わった。 例えば、値札を見たお客さんから「高い焼き芋だね」と言われることは少なくない。けれど、どうしてその価格設定なのか、中山さんはできるだけ丁寧に説明するようにしている。 「理由は2つあって、一つは工程のほとんどが手作業で、かなりの手間暇をかけているから。もう一つは、農家さんから適正価格で、さつまいもを直接仕入れているからです。仕入れはよっしーさんを通して行っていますが、たとえ規格外のお芋であっても、適正価格で買わせていただいています。買い手がつかなければ農家さんはお芋の処理に困ってしまうし、かと言って二束三文で買い叩かれては、生産自体を続けられなくなってしまうかもしれないでしょう?」 「さつまいも農家を守る」取り組みは、これだけではない。先の能登半島地震の際には、石川県珠洲市の生産者を支援するため、同市産の「珠洲かぼちゃ芋」の売上の一部を、直接農家へと寄付したのだ。 「ときどき農家さんに直接会いに行ったり、よっしーさんのお店に出向いたりして、さつまいものお話を聞くんです。焼き芋を販売するときに、作り手の想いや今年の出来栄えについて、ありのままをお伝えできるように。焼き芋屋が伝えてあげないと、農家さんの想いは何一つ届きませんからね」 自分の焼き芋に手応えを感じるようになったのは、弟子入りから2年後のこと。 「前に食べておいしかったので」とリピーターが訪ねてくるようになった。その後、よっしーさんの紹介で「ちちずいも」は全国規模の焼き芋イベントに出店するように。2023年は、赤レンガ倉庫で開催された「横浜おいも万博」。2024年は、お芋の聖地・川越で開催された「小江戸芋パーク」に出店した。 焼き芋の世界に足を踏み入れて4年。中山さんが丹精込めて作る絶品の焼き芋は、今まさにじわじわと認知度を高めている。