読書のプロ・鴻巣友季子がおすすめ「2024年必読の21作品」を一挙紹介します!
中短編の魅力
16 柚木麻子『あいにくあんたのためじゃない』新潮社 パンチの効いたユーモアと諷刺、でもよく考えると、どの編もけっこう怖い。たとえば、「めんや 評論家おことわり」という一編。佐橋ラー油というラーメン評論家が語り手である。一時は人気を博したが、ミシュラン二つ星の「中華そば のぞみ」に入店拒否を食らって落ち目に。 「のぞみ」は二代にわたり女性が店主だ。佐橋の無神経なラーメンブログはじつは甚大な被害を出していたのだ。彼の運命や、いかに。 「商店街マダムショップは何故潰れないのか?」という編には、二十年以上まったく品揃えが変わらず客もいないのになぜか潰れない婦人雑貨店が登場。ところが、ここが休業したら町が混乱しはじめた! 実はこの店は、女性たちの心の豊かさと連帯を暗に表明し、その安全を守る存在感をもっていたのだ。目に見えない形で男性の暴力や脅威に攻防戦を張るコミュニティの深層をえぐる名作だ。 各編とも、軽快なタッチのなかにぎょっとする人間観察が覗く柚木麻子の真骨頂である。 17 小川哲『スメラミシング』河出書房新社 小川哲が書くと、どんな題材でもすごいSFになる。本書は神と宗教をめぐる短編集だ。「七十人の翻訳者たち」は、なんと旧約聖書の翻訳版をテーマにした一編。ヘブライ語の聖典を七十人の翻訳者がギリシア語に訳した「七十人訳聖書」を題材に、ヘレニズム期の社会背景と成立過程をたどる。ヘレニズム期とは、世界史上初のグローバリズムが起きた時代だ。 旧約聖書は歴史書でもあり、物語の始まりでもあった。世界を変えるのはいつも物語だ。ヒストリーとストーリーの関係を暴く恐るべき一編である。 表題作の「スメラミシング」は、世界を変えたいと考える者たちが、SNSのカリスマアカウントの下に集うオフ会の物語。最終編「ちょっとした奇跡」は自転をやめた地球の終末世界もの。巨大なノアの方舟のような二隻の船だけが地球を――一隻は朝を、もう一隻は夜を追いかけながら――巡っている。七夕のモチーフを変奏した美しい鎮魂歌だ。SFとは、いつかは死に向かう全ての人間のとてつもない哀しみに耐えるために発案された心の安全弁なんじゃないか。そんな風に思えてくる。 18 ヴァージニア・ウルフ/著 ヴァネッサ・ベル/画『月曜か火曜』片山亜紀/訳 エトセトラブックス モダニズム文学を代表する作家の短編集が初めて完全な形で翻訳された。まさに画期的な新訳である。ウルフが目指したのは、小説と音楽と視覚芸術の紙面の上での融合ということだった。 ウルフの『灯台へ』には、画家を目指すリリーという若い女性が、自分の絵に対してこのように思う場面がある。「絵はカンバスの面では、美しく鮮やかで、羽毛のようにふんわりはかなげで、蝶の翅のごとく軽やかに色が融けあっているべし。しかしカンバスの下では、鉄のボルトで留めあわせたような、そういう堅固な構図でなくてはいけない。吹けば波立つようにはかなげでありながら、馬が二頭がかりで曳いてもびくともしないようであるべし」 この創作哲学は『月曜か火曜』にもそのまま当てはまるだろう。「弦楽四重奏」という編では、モーツァルトの弦楽四重奏の鑑賞者の思念や、周囲の会話、そうした断片のなかに音がイメージ化されて流れこむ。 また、「青と緑」という実験的な編は物語性を排し、カットガラスの尖った指先から滴のように滑り落ちてくる緑の光とその変容を描きだす美しいスケッチである。難解に見える表題作「月曜と火曜」は、鳥、空、炎の「目」を持って読むと鮮やかな光景が豁然とひらける、そんな作品だ。このごく短い一編は片山訳で読んでこそ理解できた。 これらは小説と称されているが、そのじつ詩なのである。