「免税事業者のままだと取引から排除されるかもしれない」ーーインボイス制度開始で予想される混乱
小泉さんは、「反対する人がもっと連帯できたらいいんですけど」としつつ、複雑な気持ちをにじませる。 「みんな、リスクを背負いながら声を上げていると思います。実際、反対活動をしたら仕事の打ち切りをチラつかせてきたクライアントもいたと聞いています」 「ツイッターでつぶやくと、『お前ら免税事業者は脱税してんじゃねーか』という誹謗中傷や、『消費税払えばいいだけだろ』『稼げないならやめればいいじゃん』という人がどんどん出てきました。こうして分断を加速させる制度に一番問題があるし、消費税自体が複雑怪奇で誤解だらけの税制です。もっとたくさんの人に、消費税・インボイスの問題を知ってほしいです」
「日本は消費税導入時にインボイス方式を選ばなかった」
免税事業者は、消費税を払わなくていい「ズルい」存在なのか。税理士の菊池純さんは「それはまったく違う」と言う。 「消費税は、利益が出ていない事業者ほど負担が重くなる税。一定の売上以下の事業者を免税とする『事業者免税点制度』は、1989年の消費税スタートとともに始まった、小規模な事業者を守るための制度、いわばセーフティーネットなのです」 「同時に、日本は仕入税額控除のやり方に帳簿方式を選択し、インボイス方式を選択しませんでした。一度選択した帳簿方式は、本来変えることはできません」 帳簿方式とインボイス方式は、ともに仕入税額控除のやり方だ。 帳簿方式では、帳簿につけた記録を元に、「課税売上×税率-課税仕入×税率」の計算式を当てはめて計算する。証拠として、税率と税額が記載された領収書や請求書を7年間保存する。 EU諸国で採用されているインボイス方式は、すべてのインボイス(領収書や請求書など)を保存し、そこに書かれた売上の税額の合計から、仕入の税額の合計を引いて計算する。帳簿をつける必要はない。
「インボイス方式を取らなかったのは、一つには書類の保存等、納税義務者にとって事務負担が相対的に大きくなるから、二つには免税事業者からの仕入れについては税額控除が認められないため免税事業者が取引から排除される可能性があるからです。そこで、帳簿方式を採用することにより、納税義務者の事務負担を軽くし、免税事業者との取引でも仕入税額控除を認めることにした。だから、今回インボイス制度を施行することは矛盾しているのです」 国はなぜ、選択しなかったインボイス方式を導入したいのか。その理由は、「複数税率のもとで、正確な消費税計算にはインボイスが必要だ」というものだ。 しかし菊池さんは、「軽減税率が入って3年経つが、帳簿方式でまったく問題は起きていない。真の理由は、免税事業者を課税事業者にすることだ」と言う。財務省は、免税事業者が課税事業者に転換することによって、2480億円程度の税収増を見込んでいる。 「そもそも年収1000万円以下の事業者を課税事業者にして消費税を取ろうなんて無理な話ですよ。事業者全体を見ても、消費税が払えなくて滞納する事業者は非常に多い。これは、事業者が消費税を十分に価格に転嫁できていないことを意味します」 例えば、商品を売るときに値下げ交渉にあって、原価割れぎりぎりでモノやサービスを販売せざるを得ないというケースはめずらしくない。モノやサービスを売れば、利益が出ていなくても消費税はかかる。 「本来、事業者は、消費税を取られても利益が出るように人件費、利益に消費税分を乗せて価格を決めなければならないのです。ところが、価格決定権は立場が強いほうにありますから、免税・課税事業者を問わず、十分に利益が出る価格で売ることができないケースが少なくないのです」