三沢光晴夫人ら被害は「1億円超」…プロレスリング・ノアを襲った“巨額詐欺事件”の手口は? 急逝「昭和プロレスの語り部」が明かした“ノア崩壊”ウラ話
泉田が詐欺師にだまし取られた額…8000万円超
この手の詐欺事件ではセオリーとなっている「おかわり攻撃」を受けた泉田は焦燥感に駆られ、別のスポンサーに頼み込んで何とかカネを借り、さらに4000万円超をN夫人に送金してしまう。無論、20億円が眠っているというN夫人の口座が「凍結解除」されることもなく、仕事もない泉田はたちまち極貧生活に陥った。 このとき泉田が窮状を訴えた相手が井上さんである。当時の泉田は、そのクセ強な性格もあってノア内部に親しい選手もいなかったが、泉田の話を聞いた井上さんは、フロント組でN夫妻ともっとも親密な関係にあった仲田龍GM(故人)を猛批判した。 「選手をリストラしてだ。その選手が詐欺に引っかかって困ってるっちゅうのに、(仲田)龍や若い選手らはいまでもヤクザ夫婦とどんちゃん騒ぎしとるやないか。あいつら純ちゃん(泉田)のカネで飲み食いしてるようなもんだぞ。詐欺師以上の大悪党やないか!」 井上さんは泉田を援護射撃するだけでなく、本人の具体的な収入につながるよう、筆者に「泉田手記」の公表を提案した。 「泉田の本でも出してやってくれませんか。事情があって当座の生活費が必要なんです。だまされたあいつもアホやけど、もっと悪いのはかつての仲間を見捨てるノアでしょう。それにしても三沢がおったら、こんなことにはなってないはずなんだが……」 ほとんどのノア選手が泉田との連絡を遮断するなかで、後輩の救済に動いた井上さんの「義侠心」は心に響くものがあった。実際、泉田本の出版は実現し、かなりの反響を得たことで泉田はまとまった額の原稿料を手にしたが、それによって仲田龍GMを筆頭とする当時のノア執行部と泉田の断絶は決定的になった。
ノアに反旗を翻してでも「仲間を守った」井上
当時、泉田を支援する行為は「反ノア」と見なされても仕方がない状況だった。ノアOBである井上さんは、現役組との人間関係もあったはずだが、それでも躊躇なく泉田を後方支援した。その行動は、かつて「自分だけが良ければいいのか」と新日本に移籍したストロング小林を公然と批判した姿とも重なった。 固い絆で結ばれていたかのように見えた泉田と井上さんだったが、2人の関係はあるとき破綻する。その原因は、主に泉田側にあった。 泉田は、その頑強な体格とは裏腹に非常に繊細な性格の持ち主で、他人に対して自分への同調を過度に求める傾向があった。また無類の電話魔でもあり、自分の話を聞いてくれる人に対しては1日何度も電話をかけ、短くても数十分、ときには1~2時間以上も敵対者への不満を訴えるという、忙しい社会人にはとても対応できないアクションを繰り出すのだった。 当初は孤独な泉田の愚痴の聞き役になっていた井上さんも、性格的に言えば、決して気が長いほうではない。生産性のない話を延々と繰り返す泉田に対しついにブチ切れ、あるとき厳しく叱責した。 「純ちゃんよ。お前、いつまでそんな女々しいこと言っとるんや。龍や田上(明=当時のノア社長)をここで悪く言ったところで何も解決せんやろ。“出版社が電話に出ない”って、向こうも仕事なんやから、お前の迷惑電話にいちいち付き合ってるほど暇じゃないねん。とにかくあいつが悪い、こいつがひどいとあちこち言いふらすな! もう切るで!」 最大の理解者と信じていた井上さんに突き放された泉田は、失意のどん底に突き落とされた。井上さんは実にさっぱりとした人で、叱責しても絶縁まで宣言したわけではない。だがショックを受けた泉田は、再び井上さんに電話をかけることができなくなり、さらに孤独を深める形になってしまったのは不幸なできごとだった。 その後、N夫人は複数の詐欺容疑で逮捕され、懲役8年の実刑判決を皮切りに、泉田の事件でも追加で有罪(実刑)判決を受けている。最後の最後で一矢報いた格好になった泉田は2017年、判決を見届けたあとに51歳の若さで死去した。 その訃報を知らせてくれたのも井上さんだった。泉田の死が業界関係者に伝わったのは、死亡日とされた日から2週間ほど後のことだったが、井上さんは、ほぼリアルタイムで情報をつかんでいた。 「あいつのことは、いつも気になっていた。所属選手として事件に巻き込まれて、もう少しノアの仲間たちが手を差し伸べてやれば、こんなに若くして亡くなることもなかったと思いますよ。厳しく言ったこともあったけど、同じリングに上がった仲間やからね。かわいそうなことをした……」 人情派の井上さんらしい言葉だった。
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