老親との会話はなぜこじれるのか? 介護疲れの原因となる「高齢者の二大バイアス」
ケース④ デイサービスの頻度を増やしたい
お父さんがデイサービスに行ってくれている時間は、介護に明け暮れる家族のつかのまの休息。もっと通ってくれたらいいのに......と願うも、父親は「つまらないから週一回でいい」の一点張り。「現状維持バイアス」が強い状態です。 こちらは「休息がほしいんだ」という本音も言えず、何ともストレスフル。そしてお父さんはお父さんで、本音があると思われます。「つまらない」は表面上の理由で、おそらくは人間関係が快適ではないのでしょう。 この場合、「違う曜日にする」のが一番簡単な対策です。違う顔ぶれの利用者と良好な関係を結べれば、一気にデイサービス好きになる可能性があります。 それでもダメなら、別の介護サービスで外出してもらうのがお勧めです。例えば「通所リハビリ」。身体を動かすだけでなく、マッサージも受けられるサービスです。 お父さんはきっと、デイサービスを受けている自分が「どう見えるか」も気にしていると思われます。高齢者の中には、しばしば、「お遊戯のようなことをさせられる」「無力な老人に見えそう」という理由で、デイサービスを受けたがらない方がいます。その点、通所リハビリなら、介護というより健康習慣に近く、印象はずいぶん違います。 このようなアプローチのことを「フレーミングナッジ」と言います。「介護=世話をされるのが情けない」という枠組みでとらえている相手に対し、「リラックス&健康増進の時間」という、新しい切り口を提供してあげるのです。
ケース⑤ 母が溜め込んだモノを片づけたい
久々に実家に行ったら、お母さんがモノを溜め込んで足の踏み場もない状態。「捨てよう」と言っても聞いてくれず、しまいには大喧嘩に......。このシーンでは、お母さんに「保有バイアス」があるのに加えて、親子双方に「コントロールバイアス」が働いています。 人は誰しも、他者をコントロールするのが好きで、コントロールされるのが嫌いです。子どもは「片づけさせたい」といら立ち、親は「指図されたくない」と腹を立てる。これではいつまでも平行線です。 必要なのは、まず子どもの側が自分を省みることです。「今私は、本人のために『捨てよう』と言っているのではなく、ただ自分に従わせたいだけでは?」と。 バイアスを自覚したら、次は「純粋に本人のため」に片づけるべき部分をピックアップします。親のものとはいえ、勝手に処分するのは好ましくありません。お母さんにとって危険でないものはそのままでOK。逆に、古い食品や、転倒しそうな場所に積んだもの、割れ物などは明らかに危険なので、片づける必要があります。 このように絞り込んでもなお、お母さんは抵抗するでしょう。そこで有効なのが「これ、捨てなよ」と言う代わりに、「これ、もらえるかな?」と言ってみることです。お母さんはきっと、気持ち良く応じてくれるはず。人の役に立つことは進んでやりたい、という気持ちが働くからです。このアプローチを「利他性ナッジ」と言います。
いかがだったでしょうか。いずれも、「寄り添う努力」よりもナッジの「仕掛け」によって、事態が動きだしていますね。 今ご苦労されている皆さんも、努力で心をすり減らす必要はありません。通じ合えないからといって、自分を責めるのも禁物です。認知バイアスがある限り、すれ違うのは当たり前。それを知ったうえで「通じる接し方」を実践すればいいのです。 皆さんが親御さんと会える機会も、話す時間も、この先どれだけあるかわかりません。限りある時間をお互い笑顔で過ごすために、このノウハウを役立てていただけると嬉しいです。
竹林正樹(青森大学客員教授 )