老親との会話はなぜこじれるのか? 介護疲れの原因となる「高齢者の二大バイアス」
ケース① 介護サービスを使ってほしい
日々の生活に支障を来すようになった親を見て、子どもが「介護サービスを使おうよ」と提案しても、頑として受け入れない親は多いものです。今まで大丈夫だったから、これからも大丈夫だという「現状維持バイアス」が働いている状態です。 私の父も、似た状況になったことがありました。そのとき私が取った方法は、「フランス料理店にランチに誘い、医学部に通う姪(父にとっては孫)に説得してもらう」でした。 ここには、父の現状維持バイアスを解除するナッジがいくつも仕込まれていました。 一つ目は、時間帯を昼間にしたこと。昼間は理性が強く働き、バイアスが抑制されるのです。理性は、朝は満タン→いったん下がる→昼食で復活→再び低下→夜はほぼ空っぽになります(したがって、夜に説得すると断られる確率が高まります)。 二つ目は、日常と違う環境を設定したことです。普段と同じ場所で、同じ人から同じことを言われると、同じ返事をしたくなるのが現状維持バイアス。そこでフランス料理店という非日常空間で、息子ではなく孫から説得してもらいました。 フランス料理店を選んだのは「衣装効果」を期待したからでもあります。身なりを整えて行儀良く過ごす場では、会話も「きちんとしよう」と思う心理です。 もう一つ、「メッセンジャー効果」も意図しました。「何を」言われるかより、「誰から」言われるかで、人の心は大きく動くもの。医学生の孫に身体を心配されて、「大丈夫だ」と言い張るのは少々恥ずかしい、と父も感じたはずです。 ところがそれでもなお、「介護サービスを使おう」への父の答えはNOでした。 そこで私は、最後のナッジを実践。「話を聞いてくれてありがとう」と言って、そこで話を切り上げたのです。これは「ピークエンドバイアス」という、出来事の「最後」が強く記憶される心理を利用したものです。この場面で「なんでイヤなの?」としつこく食い下がっても、拒否反応が強まるだけで逆効果。対して「ありがとう」とさわやかに終われば、会話全体がポジティブな印象になります。 その効果もあってでしょうか、父は帰りの車の中で「そこまで言うなら」と、同意してくれました。