「ママは安楽死したいの?」――スイスで生涯を終えた母 夫と娘2人の1年 #ザ・ノンフィクション #ydocs
長女のメイコさんは高校3年生だった。母から安楽死の言葉を初めて聞いた時は、冗談かと思ったという。それでも、数週間後に渡航すると聞くと、「悲しいけど、お母さんが決めたことなら応援します」と受け止めた。 一方、マユミさんが最後まで気にかけていたのは、まだ小学6年生で12歳の次女・マコさんだった。 どう伝えればいいのか。 「娘はきっとスイスに行ってほしくないと思っている。それでも、直接は言えないんだと思います」 娘たちの胸中は痛いほど分かる。そこでマユミさんが次女へ伝える手段として選んだのは、大人になっても見返せる手紙だった。そこにはこう書かれていた。 「悲しい話をします。ママはもう体がつらくて、これからはもっとひどいことになるから、11/9にスイスで死をむかえようと思ってます。11/5に出発します。 マコの受験、応援してるよ。そばには居れないけど、いつも応援してるからね。マコが大人になって、仕事したり、子供が出来たり、マコのこれからの人生がすばらしいものになるよう祈ってます。 マコなら大丈夫!!大すきだよ♡ずっとずっと応援してるからね♡」 小学生のマコさんにとって、その複雑な思いを言葉にして母に伝えることはあまりに難しかった。 「中学受験が終わるまでは、一緒にいてほしかった」という思いは、今だから言える少女の本音だ。 母娘の最後の別れの場は空港だった。翌週には受験がある。そう思っての決断だった。 「最後は爽やかにバイバイしたい」。母が漏らしたこんな言葉を、娘たちは忘れていなかった。 だから、保安検査場で両親の姿が見えなくなるまで、笑顔で手を振り続けた。涙が止まらなくなったのは、両親が視界から消えた瞬間からだ。空港のベンチで、1時間泣き続けた。 母にやるせない思いを言えなかった次女のマコさんは、機内のマユミさんとLINEでこんなやりとりをした。 「ママは安楽死したいの?」(マコさん) 「しなくてもいいならしたくないけど、安楽死しなくても、もうすぐ死んじゃうんだよ」(マユミさん) 「可能性は一個もないん?」(マコさん) 「ない。だから少しでもいい形でみんなとお別れしたくて、ママの苦しんでいる姿を見せたくないなと思って、いっぱい悩んだけど安楽死を選びました」(マユミさん) スイスでの医師との面談で、マユミさんはこう聞かれた。 「娘さんたちが来なかったのは、なぜですか?」 「来てもらったほうがいいのか、来ないほうがいいのか、答えが出ないまま時間が迫ってしまった」 うそ偽りのない、正直な思いだった。 死の当日。娘たちは母とテレビ電話をつなぎ、「ママ、気持ち大丈夫?」と何度も声をかけた。 医師が最後の意思確認をする。 マユミさんは、致死薬の入った点滴のバルブを開けた。 「出会ってくれてありがとう」 マコトさんが、マユミさんを抱き寄せる。 娘たちは「大好き。また会おう」と声を掛ける。 「『ママ、スイスに行っていいよ』って言ってくれてありがとう。みんな、元気でね」 その言葉を最後に、マユミさんは息を引き取った。