化学者が愛した美しい「分子」の世界 ノーベル化学賞
化学変化は体内でエネルギーを生み出す
すべての生き物は体の中にエネルギー源となるものを取り込み、それを体の中で使いやすいエネルギーの形に変化させています。そのエネルギーの変化は、体の中で起きている化学変化によるものです。例えば人間はご飯を食べ、それを体内の器官で消化・吸収しエネルギーにしています。この過程でさまざまな化学変化が起きていて、私たち生物はこうした体内での化学変化によってエネルギーをつくり、エネルギーを消費し、生命活動を続けているのです。 体の中でのエネルギーの受け渡しを担っている分子がATP(アデノシン三リン酸)です。ATPは高いエネルギーを持つ化合物で、細胞の中で分解されることによってエネルギーが出てきます。生き物はこのエネルギーを使って、代謝反応や筋肉を動かすような運動、細胞内のさまざまな化学変化を起こしています。食べ物などを通じて得たエネルギーをATPの形で蓄え、必要なエネルギーを必要な場所にATPの形で届けることができることからATPは「エネルギーの通貨」と呼ばれます。
ATPの働きをもう少し化学的に見てみると、ATPは水分子と反応してADP(アデノシン二リン酸)とリン酸に変化します。分子のつなぎ方や状態が変わると、全体のエネルギーが変化します。もとの分子よりもエネルギーの低い分子に変化すると、その差分が熱や光などの別のエネルギーとして放出されます。ADPとリン酸分子が持つエネルギーの和は、ATPと水分子が持つエネルギーの和よりも小さいため、その分のエネルギーを取り出せ、使うことができるのです。
くるくると回転しながらATPを作り出す
体の中でエネルギーの受け渡しをしているのが先ほど出てきたATPです。そのATPを作り出しているのが、冒頭のボイヤー博士の論文に出てきたATP合成酵素という分子です。原子が絡み合ったアミノ酸の塊、サブユニットと呼ばれるパーツが複数個組み合わさった複雑で不思議な形をしています。不思議なのは見た目だけではありません、ATPを作りだす様子もユニークなのです。この分子、なんとパーツが回転しながらATPを作り出しているのです。