高額がん治療薬「オプジーボ」が半額に 薬価はどう決まる?
対象の病気が広がり、より利益が見込めるように
さて、オプジーボの話に戻りましょう。冒頭で紹介したように、オプジーボの薬価が2017年2月1日から半額になります。半額、と聞くと、消費者としての私たちは無条件に嬉しくなりますが、患者さんが少ない病気の薬でも、きちんと利益がでるようにするための価格設定だったはず。いきなり半額にして本当に大丈夫なのでしょうか。 実は、オプジーボによる治療の対象は拡大しています。手術をしても完全にとりきれない悪性黒色腫に加え、15年12月に「非小細胞肺がん」、16年8月に「腎細胞がん」に対しても使用が認められました。さらに、「ホジキンリンパ腫」と「頭頸部がん」ではすでに臨床試験を終え、適応拡大の申請済み。その他8種類のがんでも、臨床試験が最終段階の第III相まで進んでいます。「これだけたくさんの患者さんに使ってもらえるようになったのだから、今まで上乗せしていた分をカットしてもいいよね?」という理屈で、薬価が見直されることになったのです。さらに、海外での薬価と比べ高すぎることへの批判や、キイトルーダという類似薬の登場も念頭にあったと考えられます(キイトルーダの薬価は改訂後のオプジーボの薬価を基準に検討される見込みです)。 通常、薬価の見直しは2年に一度まとめて行われており、次回の予定は2018年4月です。なぜ、こんな中途半端な時期にオプジーボの薬価が見直されたのでしょう?それには、次回の見直しタイミングをのんびり待っていられないほど危機的な状況にある、日本の医療財政が関係しています。 医学が発達し、先進的な治療がたくさん出てきた一方で、がんに限らず、病気の治療にかかる費用はどんどん上がっています。さらに、高齢化が進み、医療を必要とする人の数も増えています。安全で良く効く、新しい治療の登場も、みんなが長生きできるようになったことも、それ自体はとても喜ばしいことです。しかし、個人や会社が負担する健康保険料と、国や地方からの支出で費用をまかなう日本の医療制度は、膨らみ続ける医療費をすでに支えられなくなってきています。 今から25年前、1991年の国民医療費は21.8兆円。一方、昨年は41.5兆円です。ほぼ倍増しています。「治療法はあるのに、お金がなくて治療を受けられない」。人の命はお金で買えないはずなのに、そんな悲しい未来が私たちを待ち受けているかもしれないのです。 何とか制度の破綻を避けようと、今回のように例外的な薬価見直しを行ったり、定期的な見直しを2年に1回から1年に1回に変更することも検討されたりしています。ただ、適応となる疾患が増えたことを理由に大幅な薬価引き下げが頻繁に行われれば、「いっそ適応疾患は少ない方がいいや」と、製薬会社が新たに臨床試験をして、適応拡大を申請することに消極的になってしまうことも考えられます。そうなると、患者さんの治療の可能性が狭まることになってしまう……難しい問題です。 課題もたくさんあるけれど、みんながわずかな負担で、いつでも病院で高度な治療を受けることができる日本の医療制度はありがたいものです。しかし、その財源は無限ではありません。これからもずっと、本当に必要な人が安心して治療を受け続けるために、私たちはそれを支える仕組みについて知り、自分と医療との関わり方を改めて考えてみる必要があるのではないでしょうか。
◎日本科学未来館 科学コミュニケーター 浜口友加里(はまぐち・ゆかり) 1985年、北海道生まれ。2015年より現職。人の心と神経系の発達に興味を持ち、文系と理系の間をさまよう。趣味はウーパールーパーの観察