寝不足の日本人がじつは知らない「体内時計のしくみ」
私たちはなぜ眠り、起きるのか? 長い間、生物は「脳を休めるために眠る」と考えられてきたが、本当なのだろうか。 【写真】考えたことがない、「脳がなくても眠る」という衝撃の事実…! 「脳をもたない生物ヒドラも眠る」という新発見で世界を驚かせた気鋭の研究者がはなつ極上のサイエンスミステリー『睡眠の起源』では、自身の経験と睡眠の生物学史を交えながら「睡眠と意識の謎」に迫っている。 (*本記事は金谷啓之『睡眠の起源』から抜粋・再編集したものです)
体内時計
私たちは、24時間のサイクルの中で生きている。なぜなら、1日の長さが24時間だからだ。 私が住んでいた山口県の実家は、周りに高い建物がなく、1日のなかで、太陽が空を移動していく様子がよく分かった。東の方向に位置する山から顔を出した太陽は、南の空高くへ昇り、西の空へと沈んでいく。鮮やかな夕焼けのあと、夜の暗闇が訪れ、翌朝にはまた、東の空から明るくなる。 人類は、空を移動する太陽にもとづいて、「時間」という概念を生み出した。時計を開発し、時間を確認する習慣がついた。時間にもとづいて行動しようとするのだ。でも、もし時計というものがこの世に存在しなかったとしたら、私たちは24時間の周期で生活するのだろうか? 海外に行くと、時差ボケを経験する。日本から欧米に向かうと、向こうの方が日本より時刻が遅れているから、夜は早い時間に眠くなって、朝早くに目が覚める。時差ボケは、なぜ起きるのだろう? けっして腕時計の時間がずれるためではない。時差ボケが起きるのは、体の中に宿る体内時計の時間がずれてしまうからだ。 体内時計の存在を示唆した最初の報告は、今から300年ほど前まで遡る。18世紀初頭、フランスで天文学を研究していたド・メランは、オジギソウという植物でみられる興味深い現象を報告した。オジギソウは葉を閉じて、まるでお辞儀をするかのように、葉の柄を垂れ下げることがある。オジギソウに触れるなどして、接触刺激が加わったときに葉を閉じるのだ。さらに、夜暗くなると葉を閉じ、朝になって太陽が昇ると再び開くという変化を、毎日くり返す。 ド・メランが報告した現象は、次のようなものだ。オジギソウを日の当たらない箱の中に入れてみる。するとおもしろいことに、太陽の光が当たっていないにもかかわらず、夜になると葉を閉じ、夜が明けると開くという葉の開閉のリズムをくり返した。単に太陽の光に反応して葉を開閉させているのではない。オジギソウがもつ、時間をカウントするしくみ、つまり体内時計によって葉を開閉させていたのだ。 そんな不思議なしくみが備わっているのは、オジギソウだけではない。1960年代になり、ドイツのマックス・プランク研究所で研究していたユルゲン・アショフらは、防空壕の中につくった隔離実験室でヒトを対象にした実験を行った。外が昼なのか夜なのか分からない環境で、ヒトはいったいどのような行動パターンを示すのか──。 そんな環境でも、被験者は内在する体内時計にもとづいて、概ね24時間のサイクルで生活する。こうした体に宿る時計のしくみは、シアノバクテリアという光合成を行う細菌の一種からヒトに至るまで、じつにさまざまな生き物に存在することが分かっている。 体内時計は、いったいどんなしくみで時間を測っているのだろう? 1971年、アメリカ・カリフォルニア工科大学のシーモア・ベンザーとロナルド・コノプカは、体内時計のしくみに関するとても重要な発見をした。体内時計が24時間を測るしくみが、遺伝子によることを見出したのだ。 キイロショウジョウバエ(Drosophila melanogaster)というハエの一種の遺伝子を変異させたところ、24時間の周期が大きく変化した。24時間の周期が19時間に短くなったり、28時間に長くなったり、あるいはまったく周期性が見られなくなったのである。