ノーベル賞「化学賞」2018年は誰の手に? 日本科学未来館が予想
■細胞内のシグナル伝達にかかわる新しい脂質の発見
次にご紹介するのは、DNAから離れて、「リン脂質という体の中で働く一つの分子」に着目した研究です。 実は脂質は、研究対象としてはややマイナーな存在です。多くの研究者が選ぶのは私たちの体の中で働くタンパク質。脂質は、私たちの体を形作っている細胞や、細胞の中で働く小器官をくるむ膜を構成するパーツにすぎないと思われがちなのです。
しかし、カントレー博士はそんな脂質にスポットライトを当て、脂質の他の重要な役割を発見しました。 先ほど、細胞の膜は脂質によって構成されていると書きましたが、詳しくは「リン脂質」という脂質によって作られています。そしてその膜には、さまざまなタンパク質が刺さっています(=膜タンパク質)。細胞をくるむ細胞膜では、膜タンパク質が、細胞の外と情報のやり取りをしています。そして受け取った情報を細胞の中に伝えていくこと(シグナル伝達といいます)によって、私たちの体が健康でいられるよう酵素と呼ばれるタンパク質をたくさん生み出したり、細胞ががん化しているときには思い切って細胞自身を死なせたりすることができます。 この「シグナル伝達」の担い手も、当初、タンパク質ばかりが注目されていたのですが、カントレー博士の研究によって、脂質にも注目が集まるようになりました。ホスファチジルイノシトール(以下PI)というリン脂質の一種が、シグナル伝達に関わることを発見したのです。
膜タンパク質を通して外から情報を受け取った細胞の中では、さまざまなタンパク質たちが順に働き始め、シグナル伝達を行います。その働くためのスイッチ代わりになるのがリン酸の受け渡しです。ですが、タンパク質たちも簡単にリン酸を受け取ることはできません。 この時、重要な働きをするのが、前述のリン脂質の一種であるPIです。PIはまだ働く準備ができていないタンパク質と結合し、細胞膜近くに固定することでリン酸を受け取りやすくする手助けをしていたのです。ですが、このタンパク質(図7ではタンパク質Xとしています)は、PIにリン酸が3つついていないと固定できません。PIにリン酸を与えるのは「PI3K」という酵素で、この酵素もカントレー博士が発見しています。ちなみに、PI3Kは働きすぎるとがんの発症につながることから、抗がん剤のターゲットとしても注目されています。