年間200冊読書可能な時間をSNSに費やす米国で変化──紙の本と書店の回帰
インディ系本屋の台頭
一方、電子書籍ブームやBordersの倒産などで、書店はとどめを刺されたという見方が主流になった時期もありますが、その後も続いている大型書店の苦難を尻目に、インディーズ本屋(独立系書店)が近年驚きのカムバックを果たしています。鶏が先か卵が先か定かではありませんが、印刷書籍の盛り返しに貢献した、あるいはその恩恵を受けたという見方も……。成功のあまりミニチェーンを展開し始めたところまであるそうです。 ちょっと古いデータになってしまいますが、独立系書店関連団体American Booksellers Associationのメンバー向けデータによると、何十年も減る一方だった地元の小さな書店の数が2009年を境に増えつつあります。たとえば2009年には全米に1651だった店舗数が、2015年には2227店となりました。 要因はいろいろ語られていますが、農産物の地産地消ムーブメントにみる地元重視の消費者トレンドと無縁ではないとみる専門家もいれば、ソーシャルネットワークやスマホに日常が飲み込まれつつあるなかで、ホリスティックな消費が求められた末の結果だという専門家もいます。デジタルなパソコンの画面から逃れて癒されるには、アナログな紙の本での読書に限るというわけです。 2017年11月に、ハーバード大ビジネススクールのリサーチャーRyan Raffaelli助教授が、2018年発行予定の論文の概説を発表しました。その名もずばり「How Independent Booksotres Have Thrived in Spite of Amazon.com」(Amazon.comにもかかわらずなぜ独立系書店が繁盛しているのか)です。それによると、独立系書店の成功のカギは3C(Communityコミュニティ、 Curationキュレーション、 Conveningコンベンティング)だとか。 1)コミュニティ:独立系書店は地元主義の最初の擁護者のひとつだった。地元の個人事業を優先しようという働きかけが、Amazonほかの大手に打ち勝つキーとなり、コミュニティの価値をめぐる強いつながりを生みだした。 2)キュレーション:よりパーソナルでスペシャルな顧客体験を提供できる品揃えを徹底。ベストセラー重視ではなく、地元客が好みそうなローカルの新人本や、予期せぬタイトルを勧めることで、顧客とのリレーションシップを構築した。 3)コンベンティング(招集):似たような興味を持つ地元客を集める、知的な文化拠点としてアピール。具体的にはレクチャーや著者のサイン会、ゲーム大会や子どもの読み聞かせ会、若者の読書会などを提供している。年間500以上のイベントを主催するローカル書店や、100%イベントベース(イベントの間しか開店しない)書店まである。本の売上よりもイベントやワークショップが主要収入源という書店も多い。 2017年の時点で、ニューヨーク市でも約85の独立系書店がABAのメンバーとして登録しているそうです。ブルックリンで独立系書店Greenlight Bookstoreを2店舗展開する共同オーナーのJessica Stockton Bagnuloさんは、ローカルな書店が地域の文化的生活で果たす役割を、家主が理解してくれていることがとても重要だと指摘します。 同店1号店はブルックリンでもっともヒップなエリアのひとつに、2000平方フィート(約56坪)の広さで2009年にオープン。いつもそれなりに賑わってはいるのですが、こんなよいロケーションにこの広さで、家賃と売上のバランスは取れているのだろうかと勝手に気を揉んでいたお店です。 書店業は家主にとってもクリーンなうえ(ネズミやゴキブリは本を食べにあつまってはこない)、地域の洗練度もワンランクアップ。レストランやバーなどと異なり客層も選ばない(年齢も人種も実に様々)とあって、家主から好意的に割安でスペースを借りられる可能性が高いというわけです。特にニューヨークなどは、老舗の有名店でも家賃が上がりすぎて閉店、などという話が四六時中ある街ですから、売上と家賃のバランスはどんなビジネスにおいても、もっとも重要なポイントのひとつです。 同店の大きな正面のショーウインドーは、ニューヨーク関連書籍の定番席。地元フォートグリーン地区やブルックリンなどのガイドブック、写真集、絵本などで埋められています。店内でも一番目のつくテーブルに平積みされているのはローカルな著者の本の数々(2月はブラックヒストリー月間なのでオバマ前大統領の関連本やバスキア、映画にもなった『Hidden Figures』(邦題:ドリーム)の児童書版などがフィーチャーされていました)。グラフィックノベルやヤングアダルト向けの棚も充実、奥まったコーナーではクマのぬいぐるみが児童書籍売り場に鎮座してお待ちかねと、誰にとっても居心地のいい空間を見つけられるデザインです。 昨年9月には、かのヒラリー・クリントン氏のサイン会も催されました。その直前のサイン会はマンハッタンのユニオンスクエアにあるBarnes & Nobleと「妥当な」会場でしたが、まさかこんな小さなローカル書店にくるとは……。32ドルのチケットは、やはり速攻で売り切れてしまったようです。 トランプ大統領の登場で移民問題が日に日にエスカレートしていた昨年3月には、中東や南アジアなど出身の移民の著者にフォーカスした読書会シリーズも開始しました。共同オーナーのRebecca Fitingさんは、「この読書シリーズを実現したかった理由は、コミュニティやカルチャーとして、私たちの世界観を広くオープンで、励ましに満ちたものにしておくことがとても重要だからです」とコメント。リベラルでオープンな土地柄にがっつりはまる発言です。