年間200冊読書可能な時間をSNSに費やす米国で変化──紙の本と書店の回帰
ある出版関係駐在員の定点観測記
今回米国の出版事情をまとめるにあたって、昨年まで7年ほど出版関係企業の駐在員としてニューヨークでその最前線に触れていた知り合いのSさんに、いろいろ独自の経験や考察をうかがいました。 電子書籍ブーム、iPad発売、米大手書店チェーンBordersの倒産、Amazonの急速な事業拡大など、次々と大きな変化が押し寄せた期間を経験した彼は、ある時、郊外からの通勤電車に乗っていた1人の乗客に注目します。その人はKindleで電子雑誌をひとしきり読んだ後、バッグにそれをしまって、今度はペーバーバックを取り出して読み始めたそうです。「電子読者」ならなんでも専用端末で読むものと思っていたら、実はカテゴリーごとに自分が読みやすい(読みたい)形式で読んでいるのかもしれないと思い始めた瞬間だったといいます。おりしも電子書籍ブームが起きていた5年ほど前のことです。 ブームの勢いがあまりにすごくて、「このまま消費者は紙を捨て、電子に移ってくだろう」と出版および書店業界がパニック状態に陥った当時から(一時は電子書籍の成長率が1200%超と予想されたことも)、消費者は自分の好きなように紙と電子を賢く使い分けていたのかもしれません。
数字で見る米国の読者像
昨年3月14日付のガーディアン紙は(英国の)若者が紙の本を好む傾向にあるという記事を掲載しています。リサーチ会社のVoxburnerが2013年に行った調査で、16歳~24歳の62%が電子書籍よりも印刷書籍を好むという結果が出たそうです。 電子書籍ブームと言われていた当時、すでに若者たちは大人たちの仕掛けたマーケティング戦略に必ずしも踊らされることなく、自分の好きな読書スタイルを堅持していたともいえます。一番に挙げられた理由は、「本を実際に手にとるのが好きだから」というストレートなもの。英ニールセン社の調査責任者Steve Bohme氏の見解は、若者は普段絶え間なく使っているスマホやソーシャルメディアからの休憩タイムとして読書をとらえているため、むしろ紙を好むのではないかというものでした。 この傾向が、おそらく英国に限らないことは想像にかたくないですが、米国の読者像について、具体的に数字で見ていきたいと思います。Pew Research Centerの入手可能なもっとも新しい読者データは2016年のものですが、米国では依然として、出版書籍を読む人の割合(65%)が電子書籍(28%)を圧倒的に上回っています。この傾向はいわゆる電子書籍ブーム到来していた2012年の65%からほとんど変わっていません。 一方、電子書籍も2012年の23%から2016年の28%と、結果的に大きな変化はありませんが、そのアクセス方法がかなり違います。2011年以来、iPadなどのタブレッド端末で電子書籍を読む人の割合が3倍、スマホが2倍に伸びました。それとは対照的に、Kindleなどの専用端末はほぼ横ばい状態が続いています。 アメリカ人が年間に読む本の冊数は平均12冊。もっとも典型的な人で4冊だそうで、これも電子書籍ブームをまたいだ2011年から大きく変化はありません。紙の本しか読まないという人が38%なのに対し、電子書籍しか読まないという人はわずか6%、両方読むという人が28%です。 18歳~29歳の80%が昨年本を読んだと答えたのに対し、65歳以上では67%でした。学校の勉強や仕事で読む必要が高いことも、若い人の読書率の高さに寄与していると考えられますが、興味深いのは紙の本の読書率も72%と、65歳以上の61%より高かったことです。これは先述した英国のケースに重なるところがあるように思います。