恋愛や性行為のない結婚をしたはずが…10年目で突然すべてが一変した「夫の一言」
妻も離婚には同意
調停人は、その後も様々な角度から話を引き出してみたが、カミングアウトするか、しないかについては合意できそうになかった。そのため、もう一つのテーマである「離婚」について話題にしたところ、夏希は、離婚には応じてもいいとのことであった。夏希は、ケンに対する愛情を持っているが、一方、ケンはそうではない。そのアンバランスにずっと悩んでいたという。そして、本当は、家族という形を保っていたいが、ケンがカミングアウトしたいという気持ちを抱えている以上、近くにいることが逆に不安だし、自分たちの平穏を守るためにも離れてほしい、と。 それを聞いたケンは、夏希に対し、感謝の気持ちを素直に表現した。夏希がどうということではなく、女性と籍が入っている状態が苦しいため、離婚してくれるだけで随分気分が楽になるという。 調停人は、合意への大きな一歩であると感じ、それを二人に伝えた。そして、離婚を前提として、カミングアウトに限らず、今後のことを話し合ってはどうかと提案した。
できれば実家に帰ってほしい
そうしたところ、夏希から以下のような提案があった。 「どうしてもケンさんがカミングアウトしたいなら、してもらってもいいです。でも、私や娘に関係のないところでやってほしいです。例えば、あなたの両親や友人には話してもらってもいいけれど、私の親族や共通の友人には話さないでほしいです。もちろん、娘にも。それに、近くに住んでいたら、どうしたって耳に入ってきてしまうから、できれば離婚を機に実家に帰ってほしいです」 今夫婦が生活しているのは東京だが、ケンの実家は岡山県だ。夏希としては、遠く離れた岡山でならカミングアウトしてもらってもいいけれど、自分や娘の周囲に影響を及ぼさないでほしいということなのだ。 しかし、ケンは、難色を示した。何よりも大切な娘に対し、自分を偽りたくないという気持ちが強いようだった。
娘はどんな反応をするか
ここでまた話が膠着状態となったため、調停人がこんな提案をした。「自分がどう生きていきたいかは、やはりその人自身が決めるしかないとは思うのですが、少しお子さんの話をしてもいいでしょうか。今、お子さんはお父さんお母さんのことをどう受け止めていて、もし、カミングアウトされたらどんな反応が予想されるでしょうか。お子さんの顔を思い浮かべて、ちょっと考えてみてくれますか」 この質問にふたりは黙り込んだ。最初に口を開いたのは夏希だった。 「今の娘は、自分の両親が性的マイノリティであるとは微塵も思っていません。私がノンセクシャルであることや、父親がゲイであることを知ったらどうでしょうか。ショックを受ける可能性も少なからずあるのでは、と思います。ただ、娘は本当にいい子なので、両親の気持ちや立場も分かろうとしてくれるんじゃないか、という思いも同時に持っています」 そして、ケンは以下のように語った。 「妻の言うとおりだと思います。すごくいい子なので、きっと理解してくれるんじゃないか、とも思います。ただ、確かに、今の娘に理解を求めるのは酷な気もして……。僕、家を出る前日、娘の寝顔を見て涙が止まりませんでした。娘を傷付けたくない気持ちは妻と同じです。でも、自分も苦しくて。最近、自傷行為をしたい衝動に駆られます。自分を偽っているのが苦痛なんです」 そうして涙を流し始めた。調停人と妻は黙ってその場にとどまっていた。長い沈黙の後、少し落ち着いたケンは、「すみません、子どもに目を向けろと言われたのに、また自分のことを話してしまいました。こういうところが妻に自分勝手だと言われるのだと思います」と話した。