【福島原発事故11年】「善玉」対「悪玉」の構図で描かない 民間事故調の検証「当事者はまだ伝えたいことがある」 船橋洋一API理事長に聞く #知り続ける
「安心」が優先順位の一番になっている「安心ポピュリズム」
――国民はただ安心したいから政府の言葉を信じているだけで、それは信頼とは言えない。 そう思います。日本には「安心ポピュリズム」みたいなものがあって、政治家も、行政も、メディアも、同じように「安心」を声高に叫ぶ。「安心」が優先順位の一番になってしまう。私たちはこの現象を「小さな安心を優先させて大きな安全を犠牲にする」と表現しました。 しかし、いざという時には「信頼」があってこそ政府と国民の協力関係ができる。そのためには、政府はきちんと物事を検証し、そのデータをきちんと国民に示す必要があります。データを基に政策決定していることを示し、国民の理解を得る。その日頃の努力なしに、いざというときに国民に「安心」してください、ご協力お願いしますと言ってもうまくいかない。
今までのやり方ではやっていけない 世代交代を加速化させたい
――残念ながらそのような関係は築けていないように思いますが、この国の将来についてどのように考えていますか。 日本の将来はなかなか厳しいですよね。人口政策もほとんど手付かずですから。非正規労働者もいつまでも非正規のままですしね。多様性、多様性というのなら、非正規労働者を全員正規にする政策を打ち出してほしいと思います。それから何といってもこのウクライナの悲劇。自由で開かれた国際秩序があっという間に木っ端みじんです。この秩序のおかげで、日本は戦後、立ち直り、繁栄し、平和でやってこられましたが、それが2010年代から瓦解過程に入り、今回のロシアのウクライナ侵略で完全崩壊寸前です。冷戦後、最大の危機、というより戦後、最大の危機です。日本のような非軍事大国(civilian power)にとってはもっとも厳しい試練がやってきたと思います。 そんな中でも、日本は今までのやり方にしがみついていてはやっていけない。人口は減り続け、円は弱くなり、給与・賃金は上がらず、新陳代謝も進まず、格差は広がる。金融資産の「タケノコ生活」で当分の間、やっていけないことはないかもしれません。しかしそれでは、若い人たち、子どもたち、そしてこれから生まれてくる日本人に対して、あまりにも申し訳ない。世代交代を加速化させたいですね。現状維持に居心地の良い人たち、コストカットで偉くなった人たち。世界が平和でありますようにと念仏を唱えるだけの人たちが仕切る社会からは、未来をつかむチャレンジも、未来を実装するイノベーションも、世界をともにつくるイニシアティブも生まれてこない。 ――船橋さんご自身は、このような状況に対して、どのようなアクションを起こしていこうと考えていますか。 日本は、世界の中でのプレーヤーとして自分から働き掛けるという発想をもっと持つべきだと思います。一言で言うとイニシアティブを発揮しようということです。 私たちはAPI(その前身のRJIF)をつくったとき、あえて「研究所」という名前をつけずに、「イニシアティブ」という言葉にしました。単に政策ペーパーを出して、政策のプロの人や役所の人たちに読んでもらって良しとするのではなく、政治や政策を検証し、政府の政策の代案を探求し、アイデアを世に問い、新たな言葉で表現しよう、という心意気で始めました。つまり、こちらから声をかけ、対話をして、人々に働き掛けていこうという思いから「イニシアティブ」としました。 その際、「政策起業家」という人たちを巻き込もうとしています。彼らが現場から取り出してくる課題を規制や法律や予算などの形に持っていくためメディアにアプローチし、社会を動かし、政治家に働き掛けていく、そのような「政策起業家」たちの無数のイニシアティブの輪が日本のいろいろなところで出てくるような試み―― PEP(policy entrepreneurs platform=政策起業家プラットフォーム)――を進めていきたいと考えています。
■船橋洋一 (ふなばし・よういち) アジア・パシフィック・イニシアティブ理事長 1968年に朝日新聞社入社。北京特派員、アメリカ総局長などを経て、2007年から2010年まで朝日新聞社主筆。2011年に日本再建イニシアティブを設立。2016年に米スタンフォード大アジア太平洋研究所(APARC)のショレンスタイン・ジャーナリズム賞を日本人として初めて受賞。