遺伝情報で病気はどこまで分かる?(上)乳がんの原因になる遺伝情報を見つける研究
この研究では、乳がんとの関連が示されている11遺伝子を対象としており、それぞれの遺伝子のどの位置に塩基配列の違いがあるのかを探し出した。 この情報量での解析は世界でも最大規模で、微量なサンプルを扱うロボットや大量の塩基配列を解読する次世代シーケンサー、得られる膨大なデータを処理するコンピューターなど、まさに最新鋭の機器を使い、多くの分野の専門家が参加する研究となった。 大規模な「多数決調査」により、乳がんに関連する遺伝子バリアントが244個見つかった。これらを特定する際には、多数決の結果だけではなく、タンパク質に起こり得る影響の検討や、コンピューター予測結果との照合も合わせて行っている。注目すべきは、半数以上は世界的にも知られていないものであり、その中には日本人の乳がん患者に特に多くみられる遺伝子バリアントが存在したことである。つまり、遺伝子検査の対象項目に今回発見された遺伝子バリアントも加えることで、これまでよりも正確に日本人の乳がんリスクなどを調べることが可能になる。
発見された遺伝子バリアントのいずれかをもっていれば、必ず乳がんになるということではない。この乳がん関連バリアントをもっていながら健康な人もいれば、もっていなくて乳がんになる人もいる。しかし今回の調査では、244個の乳がん関連バリアントのどれかをもつ人の割合は、乳がんではないグループの0.6%に対して、乳がんの患者グループでは約5.7%と約10倍であった。これら病的バリアントを持つことで乳がんへのなりやすさが10倍ほど高まると推定できる。
海外の調査結果ではなく日本人のデータが不可欠
ジョリーさんは、母や叔母を乳がんで早くに亡くしている。だからこそ、遺伝子検査を受け、乳がんとの関連が知られている遺伝子バリアントを保有しているかどうかを調べたわけだ。彼女の場合、「BRCA1」と いう遺伝子に乳がんと関連する病的バリアントが見つかり、乳がんになる確率は87%(通常の女性は8%)と見込まれた。そこで、その時点ではまだがんではない両乳房を切除して、乳がんの確率を5%に下げた。 予防的な乳房切除は日本ではまだ一般的でないが、保険が適用されている国もあり、同様の選択をした女性も数多くいると考えられる。しかし、世界的に行われているこの遺伝子検査も、対象となる「乳がん関連遺伝子」をよく調べて見ると、実は乳がんのリスクをどの程度上げるのか明確ではないものも含まれていると、桃沢氏は指摘する。 そもそも、乳がんに関連するとして世界中で遺伝子検査の対象となっている主な11の遺伝子には、それぞれに病的バリアントが見つかった場合のリスクが見積もられている。