遺伝情報で病気はどこまで分かる?(上)乳がんの原因になる遺伝情報を見つける研究
病気と遺伝情報の紐付けには膨大なデータ必要
病気に関連する遺伝子バリアントを見つける際には、大勢の遺伝情報を使った“多数決”によって、一つずつ明らかにする手法が最も使われると桃沢氏は説明する。患者の遺伝情報と健康な人のそれを比べて、患者に多くみられる遺伝子バリアントを探し、遺伝情報と病気を紐づけていく素朴な方法だ。しかし、多くの患者にみられる配列を多数決で決めるのは簡単ではない。まず、多数決の結果を「偶然ではない」と言い切るためには、数千~数万人の協力のもとでの統計処理が必要となる。また、ほとんどの疾患で遺伝子が関わっていると考えられているが、それぞれに患者サンプルが数万人分必要となる。さらに、調査対象となる塩基配列は全部で30億あり、すべてを対象とした調査にはかなりの時間とお金がかかる。 一部のいわゆる遺伝病を除いた多くの場合、病気に関係した遺伝子バリアントをもつからと言って100%その病気になるわけでない。もたない人と比べて「かかりやすくなる」といった程度だ。つまり、その遺伝子バリアントをもちながら病気にならない人もいる。このため、多くのケースを調べないと、遺伝子バリアントと病気との紐づけはできないのだという。 このように膨大な作業が必要なわけだが、多くの人の遺伝情報と病気の情報を集めてその関係性を調べる研究が世界的に進められている。日本でも、「オーダーメイド医療実現化プロジェクト(2003~2012年度)」および「オーダーメイド医療の実現プログラム(2013~2017年度)」にて、プロジェクトに同意した患者のDNAと病気の情報を東京大学医科学研究所のバイオバンクジャパンに保管している。その数は51疾患、約27万人分(2018年5月時点)。そして、集められた情報を理化学研究所が中心となって解析し、新たな知見が得られてきた。
日本人の乳がん原因の遺伝子バリアントを244個発見
桃沢氏らのチームが行った乳がんに関わる遺伝子バリアント探しも、このプロジェクトの1つだ。患者の協力で集まったサンプルのうち、乳がん患者7051人と乳がんではない1万1241人の情報を用いて、11の遺伝子を対象に、乳がんに関連する遺伝子バリアントを探した。 冒頭のジョリーさんの例のように、乳がんに関連する遺伝子はすでに見つかっている。なのに、なぜまた探すのかと思う人もいるだろう。遺伝情報に関しては、人種による違いが多く、日本人の多くで病気の原因となる遺伝子バリアントが、白人ではきわめて珍しいということが実際にある。日本人に多い遺伝子バリアントを探そうとすれば、日本人のデータで調べなくてはならないのだ。 そもそも遺伝子とは、全塩基配列のうち特定の長さをもった領域のことであり、ヒトの遺伝情報の中に約2万か所あるとされる。