遺伝情報で病気はどこまで分かる?(上)乳がんの原因になる遺伝情報を見つける研究
この表によれば、BRCA1遺伝子に病的バリアントをもつ人は、もたない人より約11.4倍乳がんになりやすい。桃沢氏は、BRCA1遺伝子やBRCA2遺伝子については、数多くの研究からリスクが算出されているので、比較的信頼できる数字だという。しかし、11の遺伝子が示すリスクの正確性にはバラつきがあり、十分にリスクの検討がされていない遺伝子(PTEN,STK11)や、偏った調査結果を根拠にリスクが算出された可能性がある遺伝子(TP53,NF1)も含まれている。 そして私たち日本人にとって何より重要なのは、上の表のリスクは、主に海外で行われた調査結果から算出されている点だ。乳がんになるリスクを正確につかむ医療を日本で始めようとするならば、多くの日本人乳がん患者のデータが不可欠なのだ。
「白地図に意味づけする」研究が各国で進む
そもそも乳がんの原因には、生まれつきもっている遺伝情報だけでなく、生活環境も関係しており、患者の多くは環境の影響によって発症していると考えられている。桃沢氏によれば、今回の結果からは主に、生まれつきの遺伝情報が強く影響するタイプの乳がんのリスクと捉えることができ、これは乳がんを発症する女性の5~10%ほどが該当するという。 乳がんのみならず、その他の病気についても遺伝情報と病気の関連が調べられており、今後の成果が期待される。桃沢氏は、これらの研究を「白地図に意味付けをする作業」に例える。国際協力のもとで進められたヒトゲノム解読計画によって、私たちは人間の一般的な30億にも及ぶ塩基配列の情報を得た。桃沢氏の例えに当てはめれば、これは「白地図」を手に入れたようなものだ。現在、この配列は一般に公開され、これを基準に遺伝情報と病気の関連などを調べる研究が各国で進められている。どの遺伝子がどの病気とつながっているのか「意味付け」を行っている最中で、今回の桃沢氏の研究成果もその1つにあたる。 日本人の遺伝情報と病気の関係を調べる研究、世界と協力した大規模な多数決による研究、動物の遺伝情報を用いた成果を人に応用する研究など、遺伝情報と病気を紐づける今後の研究の成果に期待したい。
◎日本科学未来館 科学コミュニケーター 宗像恵太(むなかた・けいた) 都内中学校で理科教諭として勤務の後2016年より現職。科学技術の利用を考える教育コンテンツ開発などに従事。専門は理科教育