なぜ井上拓真は“リーゼント”和気慎吾との地域タイトル戦に圧勝しても「兄(尚弥)との差はまだまだと痛感」と語ったのか?
一方の和気は取材対応をすることなく後楽園を去った。流血した傷の処置に加え、地元岡山からの応援団の集まりに律儀に挨拶したという。実は、プロの世界へ誘ってくれた前所属ジムの古口会長が、11月に入って急逝した。遺族の意向もあり発表は控えられてきたが、和気には連絡が入っていた。 現在のジムへの移籍に際してゴタゴタもあったがまぎれもなく恩師である。再び世界戦のリングに上がることがあればリングサイドに招待することも決めていた、その天国の師に勝利を届けることはできなかった。9月に無症状ながら新型コロナに感染。スパー数も多くこなせなかった。まして1年3か月ぶりの試合。前日計量後の取材では「常に世界のことは考えているが、逆に今の立場で次は世界と言えるほど王手をかけているわけではない。この試合に勝てば胸を張って次は世界だと言える」と語っていたが「勝った方が世界へ」の残酷なサバイバルマッチに敗れた。 拓真は、そういう夢破れた男たちの思いも背負い、次なるステージに向かわねばならない。 大橋会長はバンタム級に戻し世界を狙う構想を口にした。 「今日の感じでバンタムに行けばまたパワーが生きてくる」 真吾トレーナーもバンタム級で世界再挑戦に賛成だ。 「海外のスーパーバンタム級は体もパワーも違う。バンタム級のほうがよりいいパフォーマンスできると思う」 カウンターボクシングという新居地は開いたが宿題は残った。 真吾トレーナーも、「相手にダメージがあったときに当てていきたいんだけど同じペースでいっちゃう。そこを変えていきたいし、押し通す引き出しが欲しい。本人もわかっている」と指摘した。まだ臨機応変な対応力に欠ける。ノルディーヌ・ウバーリ(フランス)とのWBC世界バンタム級の統一戦に敗れてから2年。世界再挑戦に向けて盤石の拓真スタイルを構築したか?と言えば、まだ疑問は残る。 しかし、大橋会長は、「いや。チャンスがあればすぐにでも」と前のめりだった。拓真も「今のビジョンは兄弟世界チャンピオン。課題が見つかったので世界戦が決まったら一発でとれるように勝負していきたい」と言う。 現状WBAスーパー、IBFのベルトは兄が巻き、WBCはノニト・ドネア(フィリピン)、WBOはジョンリエル・カシメロ(フィリピン)が持っているが、兄が日本人では初、世界でも、先日、スーパーミドルで達成したサウル“カネロ“アルバレス(メキシコ)以来、史上7人目となる4団体統一を目指しており、その戦いが終わるまで割り込むスキはないだろう。陣営に暫定などの王座を狙う気はなく、照準はあくまでも正規王者。逆に言えば、足りない40%を埋める時間があると考えることもできる。 拓真が「いいバトンを渡せたと思う」という兄の尚弥は12月14日に両国国技館で2年ぶりとなる国内リングに立ち同級6位のアラン・ディパエン(タイ)と防衛戦を戦う。 (文責・本郷陽一/論スポ、スポーツタイムズ通信社)