「AI彼女」「ヌード化」アプリをハック! フェミニズムアートが切り込むAI時代の「ジェンダー規範」
フェミニズムのステレオタイプな女性像を打破する
こうした状況で、フェミニストには何ができるだろう? AIがなくなることはないだろうが、AIを取り巻くカルチャーを変えるための努力はできるかもしれない。アーティストのアン・ハーシュとマヤ・マンは、生成AIを使った新シリーズ「Ugly Bitches(ブサイクなビッチたち)」でそれをやろうとしている。2人は人形の画像を使ってトレーニングしたAIに、平均化された集合体を生成するよう指示を与えた。結果として現れた画像は実に奇妙で、現代の美しさの基準を揶揄しているようにも見える。この作品に表れているのは、ネット上にはびこる(マンが言うところの)「目指すべき理想の女性らしさ」に対して2人のアーティストが持つ嫌悪感なのだ。 「Ugly Bitches」プロジェクトがスタートしたのは2022年7月。きっかけは、デジタルプラットフォームのOutland向けにハーシュが動画シリーズを制作し、その中でNFTを批評したことだった。彼女はフェミニズムを謳うNFT作品の質の低さを嘆きながら、その例として、「美しく成功した女性」を漠然とイラストにしたNFTシリーズをいくつか挙げている。男性によって制作された作品も複数あり、中にはネット上で少女たちをおびき寄せて手なずけるためにNFTを利用していた小児性愛者もいた(ハーシュ自身も子どもの頃にネット上で小児性愛者と遭遇した経験があり、2010年代にそれをテーマにした作品を制作している)。 Outlandの動画中のハーシュは、明るい調子で話しながらも苛立ちを滲ませて上記のようなNFTを批判した後、「虐待されていると嘘をつき、子どもの単独親権を要求し、100万回中絶するような不器量な女性たち」を描いた作品を見たいものだと不満を露わにした。その動画を視聴したマンは、「あなたがそれを作ってみたら?」とハーシュにメッセージを送り、何度かアイデアをやりとりするうちに2人の共同制作が始まったという。2人は、成功した女性や美しい女性をもてはやす「フェミニスト」作品にうんざりしていた。そうでない女性は無価値だという考えを、より強固なものにするだけだからだ。 こうして生まれた「Ugly Bitches」(2022-)のシリーズで、マンとハーシュは敵対的生成ネットワーク(GAN)と呼ばれるAI(*1)に大量の人形の画像データを与えて訓練している。人形は、このアルゴリズムに使われるずっと前から、女性や人種の理想像を体系化し、少女たちに刷り込むために使われてきた。マンはそれを「理想的な女性らしさの極致」を表すものと考える。 *1 GAN(Generative Adversarial Network)は、正解データを与えることなく特徴を学習する「教師なし学習」の一手法。用意されたデータから特徴を学習し、擬似的なデータを生成する。 最初の作品が作られたのは2年前のことだが、GANが生成したブサイクな人形の画像はすでに時代遅れに見える。人形には不具合があるように見え、薄汚れていて、両目の位置もずれているが、そうした不恰好さは作品のコンセプトにマッチしているとマンは言う。 「不完全でどこか怪物的なのが気に入っています。私たち女性は、世にあふれる美しさの理想を真似ようとしては失敗し、自分自身をさらけ出してしまいますが、それと似ています。GANはそのプロセスを模倣しているのです」 その点でこのプロジェクトは、キュレーターのレガシー・ラッセルが2020年の著書の中で展開した「グリッチ・フェミニズム」(*2)の考え方に通じるものがあると言えるだろう。 *2 ラッセルは著書『Glitch Feminism: A Manifesto』で、白人至上主義や家父長制、異性愛的な価値観に基づく規範から外れた容姿、考え方、振る舞いを、コンピュータプログラムのグリッチ(障害・不具合)と重ね合わせている。 キャベツ畑人形、そしてブラッツやアメリカンガールといった着せ替え人形の画像で訓練されたGANが生成する「ブサイクなビッチたち」は、画像生成AIのDALL-E(ダリ)で作られた背景の中に配置されている。マンは、生成されたビッチ人形の画像を、インフルエンサーの写真にありがちな背景(海辺やダンススタジオ、高層ビル街など)と、短いテキストをランダムに組み合わせるようスクリプトを書いた。画像の下部に表示されるこのテキストは、ケンダル・ジェンナーやアディソン・レイなど、著名な女性インフルエンサーのインスタグラムポストに向けられたコメントをもとに生成されたものだ。 インフルエンサーの投稿に付いた何千ものコメントを実際に読むフォロワーはほとんどいないが、これらの文章から「人々が彼女たちをどう見ているのかを推し量ることができる」とマンとハーシュは言う。2人はコメント欄に飛び交う「きれい」「ゴージャス」「完璧」などの形容詞を「ブサイク」に置き換え、「ガール」や「ベイブ」といった言葉を「ビッチ」に置き換えた。たとえば、ある文には「あまりのブサイクさに号泣」と書かれ、その後ろに泣き顔と目がハートの絵文字が並んでいる。 2人の話では、ほとんどの人はこの作品に込められた皮肉を理解したが、「額面通りに受け取り、私たちが女性差別的だと考える人もいた」という。ハーシュによると、フェミニストのアーティストたちには、50年以上にわたって悩まされてきたジレンマがある。それは、ジェンダーについての固定観念を覆したり、批評したり、それについて何かを言おうとすると、必然的にそこに焦点を当てることになり、ある意味で固定観念が再生産されてしまうという問題だ。 では、どうすればそれを回避できるのだろうか。マンとハーシュによると、特にNFTの世界では予期せぬ反響があり、暗号資産マニアの男性たちから「ブサイクなビッチをぜひ手に入れたい」というメッセージが舞い込むようになったという。そのことに驚いたハーシュは、先行世代のフェミニスト・アーティストたちと同じ現実を突きつけられたと言う。 「何をしようと『男性の眼差し』を覆すことは不可能です。それはいつでも、あらゆるものをフェティシズムの対象とする方法を見つけます。そこから逃れようとしても無駄なのです」 ロサンゼルス現代美術館(MOCA)でこのシリーズのぬいぐるみバージョンを発表したとき、マンとハーシュはあるパフォーマンスを行った。エリザベス・ホームズ(*3)や彼女が崇拝していたスティーブ・ジョブズのような黒いタートルネックに身を包み、カリスマリーダー風のプレゼンを壇上で繰り広げたのだ。背景のスライドには「インスタグラムを5分間スクロールした後、自分が醜いと感じますか?」といった質問と、それに対する会場の人々の回答が映し出された。さらに、MOCAのギフトショップで販売されたぬいぐるみには、こんな刺激的な宣伝文句が付けられていた。 「ブサイクちゃんは、理想からあなたを解放し、ブサイクビッチ上等!と思えるようにしてくれます」 *3 医療ベンチャー企業セラノスの創業者。シリコンバレーの寵児として注目されたが、血液検査事業を裏付けるデータの出所に不正があったと判明し、詐欺罪で有罪判決を受けた。