異国の店主と土地の味/台湾料理店『許厨房』
土井 いろいろな思いと家族の歴史が詰まった大切な居場所なのですね。下田さんは、お店の開業前はどこか違うお店でお料理をされていたんですか?
下田 横浜の調理師専門学校を卒業してから、『崎陽軒本店』のレストランの厨房に8年勤めた後、中華ビュッフェレストランなどを手がける『柿安本店グループ』という会社に転職して、原価率計算やレシピ開発などの経営側の仕事を3年ほどしました。でも、『崎陽軒本店』にいた頃はベテランの先輩方が鍋を振り、自分のような若手は実践をなかなか積めずに中華料理の基礎だけ学ばせてもらったという具合なので、本格的に料理を作る立場になったのは『許厨房』を開業してから。ここで父と働くようになってから、台湾料理の作り方も知りましたね。
土井 『許厨房』のお料理は、どれも味がしっかり染み込んでいるけれど過度な辛味や塩辛さはなく、素朴で庶民的な優しい味わいで毎日でも食べられちゃいます。でも、台湾料理といっても、日本人がイメージするものとは若干違いますよね。ルーロー飯も、大きくカットした豚バラ肉が丼にゴロッと入った姿ではないし。
下田 たまにお客さんに「これって本当にルーロー飯?」と聞かれることもあるのですが(笑)、そのイメージは日本人向けにアレンジされたもので、ルーロー飯は本来、小腹が減った時に小さいお茶碗に入れて食べるおやつ感覚の食べ物なんですよね。それに、イカ団子スープとか大根の漬物とかおかずがいろいろつくのが本場の食べ方。
土井 現地に旅行すると屋台がたくさんありますが、そういう場所で1日に何度かに分けて少しづついろんなものを食べるのが台湾人の食文化なんですよね。そういえば、メニューに四川料理の麻婆豆腐が入っていますが、台湾でも食べることがあるんですか?
下田 いや、基本はないんですけどね。でも、台湾料理だけにメニューを絞って営業するのはわかりづらさもあるし、ポピュラーな中華料理が入ってないと来店してガッカリする方も多いと思うんです。父は数々の中華料理店で働いてきた経験もあるので、店の看板ではあえて「中華料理店」と謳って、台湾料理以外のメニューも積極的に提供しています。